ドルスの妹現る

 温和な空気が流れる中、突然けたたましい声が聞こえてきた。


――バンッ――


 店の入り口のスイングドアが勢いよく開く。そして、四人の人影がおもむろに入ってきたのだ。

 そちらの方に視線を向ければ、4人のうち3人は見慣れた顔だった。


「マイストさん! バトマイさん! それにワイアルド支部長!」


 そうだ肝心なこの3人がいなかった。店の中に入ってくるなりいきなり声を上げたのはマイストさん。


「いやー間に合った! 仕事が終わるの遅くなってよ」


 それに続いてバトマイさんも気忙しく大声を上げる。


「仕事の引き継ぎ、役所の連中がもたもたしやがって」

「強引に話をまとめて帰ってきちまった」


 私は思わず驚きながら声をかける。


「そんな、大丈夫なんですか?」

「おう、依頼完了の報告書にはちゃんとサインもらったよ」

「やることちゃんとやってるから大丈夫だ」


 ドルスが彼らに問いかける。


「いったい何の仕事だったんだ?」

「ん? 南方都市での治安維持業務だ」

「また国境超えてきてお隣の国の〝人倫の教〟の連中が小競り合いを起こしてるんだよ」


――人倫の教――


 隣国パルフィアの山岳地帯で活動している狂信的な一派だ。自分たちの自治領を確立するために国境を超えて広範囲に活動しているのだ。


「放火や略奪、小規模な襲撃事件を起こしてる。それへの警戒と取り締まりをやってたんだ」

「そしたら任務中にルストさんがこっちに戻ってきてるって言うんで契約が完了するなり大急ぎで飛んできたってわけですよ」

「なんとか間に合ったな」

「ああ」


 元気に声を出し合う二人に、かつて彼らを鉄拳制裁したカークさんが言う。


「俺達より先にこっちのほうに帰還したはずなのに姿が見えなかったのはそれが理由か」

「はい」

「何もしないでぼーっとしてるのも情けないんで」

「今の自分でできる仕事、地道にやろうと思いましてね」

「ほう?」


 そしてカークさんが言った。


「少しは成長したようだな」


 その言葉が彼らには嬉しかったらしい。


「カークさんにそう言っていただけるなら」

「とてもありがたいです」


 そんな彼らに私も声をかけた。


「二人には一番肝心なところで大変お世話になったわ」

「ああ、西方国境戦でも、参集へのアジテーションでしょ?」

「状況見ててあとひと押し必要だと思ったんすよ」

「それでひと演説ぶったら、みんなノリに乗ってくれましたね」

「世話になったのは、俺たちです」

「本当にありがとうございました」


 そう言いながら彼らは右手を差し出してきた。私もそれを握り返してあげた。

 そして一番肝心なのが次に控えるこの人だった。


「どうやらみんな盛り上がってるようだな」

「支部長!」

「遅くなってすまん」


 そう詫びの言葉を口にする彼の傍には、私と同じくらいの背格好の長髪の女性が佇んでいた。ボタンシャツにルダンゴトジャケット、腰から下は厚手の布のロングスカート。フード付きのマントコートに、背嚢と戦杖が腰に下がっている。

 その彼女を傍らに連れながら支部長は言った。


「中央の軍本部から、事務連絡役に来る人がいるって言うんで残って待ってたんだ」


 そして、その傍らに控えていた若い女性が自ら名乗り出た。


「すいません! 遅くなりまして。正規軍中央本部兵站管理部所属の上級事務官の〝エルネド・ノートン〟です! よろしくお願いします!」


 マントのフードを片手で払い、栗色の髪を垣間見せながら彼女は自ら名乗った。いかにも元気そうな前向きな人柄が感じられる雰囲気の子だった。

 え? でもちょっと待って? ノートン? どっかで聞いた苗字だけど?


「え、エルネド?」


 驚きの声を上げているのは私の仲間のドルスこと、ルドルス・ノートン、明らかに同じ苗字だ。

 そして誰もが耳を疑うような言葉が飛び出てきたのだ。


「お兄ちゃん?!」


 その一言に場が一気に驚いた。


「お兄ちゃん?」

「お前が?」

「お前妹いたのかよ?!」

「いやいやいやいや、ありえねーだろ」

「親子ほど離れてんじゃねーかよ!」

「なんかの間違いだろ?!」


 驚きのあまり、どう考えても失礼としか言えないような言葉まで出ている。ドルスも思わず反論してしまう。


「うるせえ! 俺だって家族も兄弟もいるよ!」


 だがその時だ。エルネドさんはつかつかとあゆみ出るとドルスの所へと一気に歩み寄る。そして開口一発。


「この馬鹿!」


 その大声と一緒に彼女の右手が翻った。


――パアンッ!――


 勢いよく叩き込まれたのは彼女のビンタだった。それも不意打ちだったとはいえドルスの上体が揺らいだのだからなかなかのものだった。


「お兄ちゃんが西方国境で危険な任務に巻き込まれたって噂が流れてきたから、実家のお父さんもお母さんも心配してるのよ! だから軍の伝令任務にかこつけて急いでこっちに飛んで来たのよ! まったくもう! 昔から鉄砲玉で便りの一つもよこさないんだから!」


 そして右手の人差し指をドルスの鼻先に突きつけながら彼女は言った。


「今度という今度は、絶対に実家に顔を出させるからね! 嫌と言っても絶対に連れて行くからね!」


 妹の剣幕にさしものドルスもぐうの音も出なかった。


「わ、わかった――」


 そう答えるのがやっとだった。

 私からみるにドルスが30代だったとしてエルネドさんは20歳そこそこだろう。驚くような歳の差があった。

 そしてその剣幕とは裏腹に落ち着きを取り戻すと私たちの方へと顔を向ける。


「本当に愚兄がご迷惑をおかけしてます」


 そう言いながら丁寧に頭を下げてくる。私は言った。


「いいえ、むしろお世話になってます。今回の作戦では本当に助けていただきましたから」

「そうですか? それならいいのですが。変に意地を張って迷惑をかけたりしてなければいいのですが」


 そこですかさずドルスが反論する。


「やってねえよ!」

「途中からな」


 すかさず脇から誰かの声がする。そしてさらに追い打ち。


「ルストちゃんに絡んで嫌がらせしたの誰かな〜」

「あ! お前らそれを今言うか! もう和解したからノーカンだろう!」


 そう反論してドルスは傍らの不穏な空気をすぐに察した。


「お兄ちゃん、どういうこと?」


 声のドスが効いてる。面白いくらいに。


「あー、そのなんだ。ことのなりゆきでな」

「またへんに意地張ってあちこちで突っかかってたでしょう! それで軍を辞めるはめになったの忘れたの!」


 これには思わず私も笑わずにはいられなかった。結局軍を辞める時も、傭兵としてさびれていた時も、やってることは同じだったのだ。

 私は言わずにはいられなかった。


「進歩ないなあ」

「本当にお恥ずかしい」


 そんな混乱する一方の場をまとめてくれたのはダルムさんだった。


「まあそう言うなって、今回の戦いで指揮官を務めたルストを支えた一人なのは間違いないんだ。今まではいろいろ問題があったが今は立ち直ったから、もう大丈夫だよ」

「そうですか? それならいいのですが」


 ダルムさんの語る言葉にいかにもほっとしたかのようだった。私も彼女に言った。


「エルネドさんも一杯どうですか? 今日は西方国境戦から無事に帰還した事の宴なんです」

「そうなんですか? それじゃ遠慮なく」


 そう言うと彼女のグラスを手にする。彼女の傍でドルスも気さくに話しに応じていた。

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