武器職人シミレアとの再開と報告
傭兵ギルドの事務局から離れてプロアと向かったのは、普段から大変世話になっている武器職人のシミレアさんのところだった。
傭兵相手の店が軒を並べる脇通り。その奥まったところにある武器工房に私たちは向かった。
奇しくも私たちは二人ともシミレアさんの世話になっていた。私が愛用している
シミレアさんの工房の扉をノックしながら私たちは入っていく。そして店の奥へと声をかける。
「失礼いたします。ルストとプロアです」
店の奥へと声をかけてシミレアさんはすぐに顔を出してくれた。ひと仕事していたかのようで丸首の袖なしシャツにデニム地のズボン履きに、分厚い布地の前掛けをつけていた。
手には厚手の革の手袋。その手袋を外しながら彼はやってきた。
「来たか二人とも」
「はい無事に帰ってきました」
私に続いてプロアも挨拶する。
「ご無沙汰してます」
「おう」
彼らしい無骨な言い方で返事を返しながら、店の入り口すぐの応接室の椅子の一つへと腰を下ろす。彼はすぐに私たちへと言った。
「見せろ」
武器職人である彼が私たちに求めるものと言えばひとつしかない。それぞれが愛用している精術武具だ。
私は、自らの腰に下げている戦杖の地母神の御柱を。
プロアは腰の後ろに隠している鎖牙剣と、懐の内側に仕舞っておいてる小刀風の精術武具のイフリートの牙を、それぞれに丸テーブルの上に置いていく。
シミレアさんはそれらを一つずつ手に取ると、しげしげと眺めながら言葉を吐き始めた。
「どうだった? 俺の流した情報は」
そう言われて私はこう答える。
「はいおかげさまで命を拾いました」
「出くわしたのか? 戦象に」
「はい。全部で6頭ほど」
「6頭――、随分また力を入れてきたもんだな。それで? 首尾の方は?」
「はい。無事に西方国境領域を守ることができました」
「そうか」
シミレアさんは手にしている武器を、地母神の御柱からイフリートの牙へと持ち帰る。そして鞘に収まったもののそれを慎重に引き抜きながらまた語り始めた。
「見つけたんだな。やっと」
「はい。宿願を果たしました」
「長かったな」
「はい」
その言葉と同時に引き抜かれたイフリートの牙が軽く炎を吹き上げる。非常に簡単に火精の能力が発動するかのようだ。
「それで、こいつはどうするんだ?」
イフリートの牙を再び鞘へと戻す。
「こんなじゃじゃ馬このままじゃ使いづらくて仕方あるまい?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「それなら、俺に考えがある」
そう言いつつシミレアさんは鎖牙剣を手にした。
「こいつの方も不具合とかはなさそうだな。作りもしっかりしてるし、刃も頑丈で耐久性がある。さっきのイフリートの牙と組み合わせるには最高だな」
シミレアさんは鎖牙剣をテーブルの上へと戻しながら言った。
「使い具合も、仕事の結果も満足のいく出来だったみたいだな。地母神の御柱の再偽装と手入れ、鎖牙剣の手入れと、イフリートの牙を含めた偽造はやっておこう」
私は言う。
「ありがとうございます」
プロアも言う。
「よろしく頼みます」
落ち着いた口調で丁寧に頭を下げる。その姿に私はプロアと言う人の本当の姿を垣間見た気がした。
「まかせろ。最高の使い勝手に仕上げてやるよ」
そして、シミレアさんは私の方へと視線を投げながらこう告げてくる。
「とりあえず腰の物がなければ外出するのも不安でたまらんだろう。明日の朝、また取りに来い」
「わかりました」
「おう」
そこで彼は私の方に視線を投げかけてくると、問いただすかのように鋭く言葉を向けてくる。
「ときに聞くが、ルスト、お前本当にいいのか?」
「え?」
「俺はお前が北部都市のイベルタルで娼館の下働きをしていた頃からお前を知っている。そして今日に至るまでのお前の苦労を間近で見てきた」
これは事実だ。以前世話になった娼館の女将さんに紹介されてシミレアさんの手を借りるようになった。追っ手に追われてイベルタルを離れ、紆余曲折色々あって職業傭兵を始めることとなり、ワイアルド支部長に気に入られてブレンデッドの街に暮らすようになってシミレアさんと再開。そして今日に至っている。
彼は私のこれまでの2年間をつぶさに間近に見てくれているのだ。
「今までこの2年間、大変なことばかりがあったが、逆に自分自身を心の底から解放して、やりがいのある毎日だったに違いない。言わば、お前がこの2年間で苦労に苦労を重ねてお前自身の力で手に入れた〝自由〟だ」
「自由――」
「そうだ。だがお前はそれを自ら手放そうとしている。本当にそれでいいんだな?」
この人に改めてそう問われてしまうと返す言葉が見つからない。だがそこで彼は意外な言葉を吐いた。
「もっともそう不安がる必要はないんだ。お前にひとつだけいいことを教えてやろう」
その時の彼の表情はあっけないほどに穏やかで優しそうだった。
「お前の実家で大規模親族会議が開かれたそうだ」
「親族会議――ですか?」
「ああ、モーデンハイム家全ての会議参加資格者がくまなく集められているそうだ。通常、親族会議でどんなことが話し合われるのか分からぬお前ではあるまい」
「はい」
そう答える私に彼は穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「そう言う事だ。不安がらずにどっしりと腰を落ち着けて構えていればいい」
「はいわかりました」
「おう」
そして彼は視線をプロアの方へと向けた。
「お前はこれで、長年に渡る宿願を果たしたことになるな」
その問いかけに対してプロアは言った。
「はい。必要なものが揃いました」
「バーゼラル家、再興のための必要条件の一つだったな」
「はい」
「それで、お前の方はどうするんだ? これからどうやって生きていくのかだ」
「それはもちろん」
プロアは晴れ晴れとした表情でこう語った。
「表の世界で生きていきます。実家が復興できると言ってもバーゼラル家がまだ無事だった頃とは足りないものばかりだ。ヘタに焦って事を仕損じるより、じっくり構えてどうすべきか考えていこうと思います」
彼の過去、バーゼラル家の取り潰し。それが彼の人生にもたらしたものはあまりにも大きかった。
「そうだな。結論を出すにはまだ早すぎる」
「はい」
そしてシミレアさんは私とプロアの顔を交互に眺めながら教えてくれた。
「この後、夕方頃にでも天使の小羽根亭に顔出してみろ。〝みんな〟がお前たちの帰りを待っている。俺もその時改めて顔を出す。酒でも飲みながらゆっくり語り合おう」
それは意外過ぎるほどに穏やかな微笑みだった。職人という仕事柄、真剣な表情ばかりが印象に残っていたがこういう表情もできるのかと思わずにはいられなかった。
そして、私は答えた。
「はい、天使の小羽根亭で」
「それじゃあ失礼いたします」
「おう」
そう言葉を交わして私たちはシミレアさんの工房を後にしたのだった。
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