ルストとプロア、街をそぞろ歩く

 支部長室でのやり取りを終えて、会計課へと顔を出し、事務局の正面ホールへと戻ってくる。

 視線を走らせればホールの片隅で壁際に寄りかかって佇んでいたのがプロアだった。

 元々、目鼻が聞いてよく気が付く彼のことだ、私が戻ってきたことにもすぐに気がついた。そちらの方に視線を向けて歩み寄れば彼も足早にかけてくる。


「おまたせ」


 私がそう答えれば彼は尋ねてくる。


「何言われたんだ? 支部長に」


 話は屈託なく笑顔を浮かべるとあっけらかんと口にする。


「半年間のお休みだって」


 その言葉の意味はプロアにはすぐには伝わらなかったらしい。ほんの少しの沈黙の後に彼の口から出てきたのは驚きと呆れの声だった。


「はぁ?!」


 正直私は笑いそうになった。いつもクールに視線をぎらつかせているか、面倒そうに物事を斜めに見ているかしかない彼が、完全に素の状態で驚いているのだ。


「意味わかんねえんだけど」

「そう言われたって、言ったそのままだもん」


 この事務局の中でこのことについてあれこれ話すのは望ましくない。私はすたすたと歩き出す。


「行こう! シミレアさんのところ。武器のメンテお願いしないと」


 さっさと歩き出してしまった私の後を驚きつつも追いかけてくる。彼も空気を察したのか、沈黙していたが事務局の建物外へと出るなり、私の背中に問いかけてくる。


「どういうことだよ」

「どういう事って言われても、言ったそのままよ? 傭兵として半年間の活動禁止。その間ゆっくり休めってさ」

「活動禁止って。お前だけか?」


 私を追いかけて隣に佇んで彼が言う。その彼に私は肩の力を抜いて素直に答えた。


「うん」

「なんでだよ? お前が一番の功労者じゃないか」

「かもしれないよね。だから報奨金もいっぱい出たわけだし」

「だったらなぜ?」


 彼がここまで来る下がるのは半分驚きだったけど、もう半分は予想できた。あれだけの武功を上げた功労者本人が半年ものあいだ、現場から締め出させることになるのだ、納得しろと言う方が土台無理な話だ。

 私はさり気なく周囲を見回し人影が少なくなったのを確かめると、自分からプロアの隣へと並ぶと声を潜めて話し始めた。


「覚えてる? 私があなたにお願いしたあの夜のこと」

「あの夜?」


 この言葉を吐いた時、彼の表情がすぐに変わった。


「指揮官権限の――」

「そうよ。絶対にあれが絡んでる」


 私は人目を避けるように脇道への入った。そして淡々と語り始めた。


「そもそもが2級傭兵が指揮官権限を委託されるということ自体、まるっきりありえないことなのよ」


 プロアは私に歩調を合わせながら無言のまま話を聞いてくれた。


「2級傭兵はどこまで行っても小隊長止まり。それ以上の権限を手にするということ自体が、軍隊と言う人の集まりを考える上で絶対にあってはならないことなの」

「お前はそれをやってしまった」

「うん」


 プロアも一体何が問題なのかようやく理解してくれていた。


「おそらくこの事の帳尻を合わせるために、職業傭兵ギルドの上層部は大変な思いをしているはずよ。それに、そもそも一番厄介なことが待っている」

「厄介な事って――」


 そうつぶやいたプロアは何かに鋭く気づいたようだ。


「お前の実家か?!」


 私は無言で頷き返した。半ば諦めたように淡々と私は語り始めた。


「私は今回の事件を解決するためは、指揮官権限の委任状はどうしても必要だと思った。後から追いかけてくる正規軍の討伐部隊、そしてそれを補助するために集められた職業傭兵たち。その彼らを私たちの側に取り込まなければ事態の解決は不可能だと思ったの」


 プロアは真剣な表情で言葉を繋いだ。


「当然だ。砂モグラの侵略部隊も居たからな。数の上で張り合うためにはワルアイユの市民義勇兵だけでは到底足りないからな」

「うん。そのためにはどうしても今の自分ではできることに限界があった。そして頼ったのがお爺様だった」

「ユーダイム候か」

「ええ、2年前に出奔する時にお爺様は、私にあの紋章像のペンダントをくれたの」


 私がひそかに自らの胸にずっと下げているあのペンダントだ。


「私が困った時に遭遇した時に使うようにとね。でもね、私にとって困った時とは自分のことじゃないの。私がどうしても救ってあげたいと思った人たちのことよ。あの塗炭の苦しみを味わっていたワルアイユの人々、その彼らを救うためなら迷う理由はない」


 そこまで言ったら傍らでプロアがため息をついていた。


「まったく。お前らしいぜ。本当にあの爺さんそっくりだ。知ってるだろう? 俺の過去」

「うん」


 正直、私の記憶の中に彼の候族時代の頃は覚えがないのだが、大家族と化している上級候族の場合、たとえし身内親族でも当主のその周辺の人間関係は、よくわからないことも多い。

 ましてや私が未成人の子供だった場合、他家の人々とは特に許しがない場合挨拶を交わすこともない時もある。おそらくお爺様は私の知らないところでプロアのように他家の人々と数多く交流していたのだろう。

 それを示すかのように彼は言った。


「ユーダイムの爺さんとは俺がガキの頃からの付き合いでな。気風は良いし思い切りも良い。話の分かる人だからとても頼りになる。だがすぐに自分のことを勘定に入れずに自分が盾になろうとする。見ていてハラハラするんだ。でも――」


 彼はそこで過去を懐かしむような表情になった。


「俺の実家が崩壊しちまって家督継承候補だった俺は逃げ場を失っていた。一文無しになって住む場所もなくしていた俺に唯一気をかけてくれていた上級候族はユーダイムの爺さんただ一人だった」


 それは彼のもうひとつの側面だった。


「国賊扱いされていた当時のバーゼラル家に手を貸すということがどれだけ危険なことかあの人にはわかっていたはずだ。実際あの人は俺を救ったことでモーデンハイムの当主後見人の座から引きずり降ろされ隠居とされる結果になった」


 それは私も知らない意外な事実だった。


「日を置いて俺は詫びを入れに行った。でもあの人は言ったんだ『これはワシが自らの意思でやったこと。お前が詫びる理由はない』ってな」


 そして彼は私の頭をそっと撫でながらこう言ってくれた。


「本当にそっくりなんだよお前はあの人に。いつか他人のために自分自身を焼き尽くしてしまいそうで見ていてハラハラするんだよ」


 そして彼は真剣な表情でこう言ってくれた。


「実家に帰ることになればお前をあれだけ散々苦しめた、あのクソッタレ親父に嫌でも顔を合わさなければならなくなる。お前、本当にそれでいいのか? それが嫌で2年前に逃げ出したんだろう?!」


 彼は声を荒げて言ってくれた。私にはそれが心の底から嬉しかった。


「うん。それは少し今でも怖い。でもね、こうなることは覚悟の上であの日の夜にあなたにお願いしたのよ。お爺様の所へと行ってくれと」


 その言葉に偽りはない。そして今でも迷いはない。

 そんな時に彼は私にこう声をかけてくれた。


「また逃げ出す必要があるなら必ず言えよ。一緒についてってやるよ」

「うん」


 彼のその真剣な言葉が私には本当に嬉しかった。歩いて行く先にシミレアさんの工房が見えてくる。プロアとの語らい合いはそこで終わりを迎えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る