ルストの語るミルゼルド家の真実と、アルセラの語るアルガルドの未来
私は、皆が沈黙をもって見守る中で彼らへと言葉を紡ぎ始めた。
「これは私の推測なのですが、重要なことなので今ここで皆様にお話しておこうと思います」
その言葉にセルネルズ家のサマイアス候が言う。
「お話とは?」
私は彼らに言った。
「ミルゼルド家本家はアルガルドに助力は一切していないのです」
一通りの挨拶が終わっていたこともあり、セルネルズ家からモーハイズ家以下、ほとんどのご領主の方々が揃っていた。彼らの視線が私へと集まる。そこのは驚きと幾ばくかの不信が現れていたのは当然のことだった。だが私は続ける。
「事情は言えませんが、私はミルゼルド家の本家の方たちを存じています」
私のその言葉にサマイアス候が頷いていた。私の正体を知る彼ならば納得してくれて当然だった。
「本来、彼らは商業や学術振興に力のある上級侯族で、このような悪事の後ろ盾になるような方たちではありません。むしろ、善良と言っていいでしょう。軍閥侯族にありがちな威圧的な態度もありませんし政治的野心もない。だからこそ、上級侯族十三家の中でも序列5位と言う立場に甘んじているのです」
ワイアット家のご領主が言う。
「ではなぜ? ミルゼルド本家が動かなかったのですか?」
当然の疑問だ。名前を勝手に使われているのならば普通は対策を講じるはずだ。私はその答えを告げた。
「それは『軍閥侯族』では無いからです」
「軍閥侯族?」
「はい」
私は説明を続ける。アルセラも固唾を飲んで聞き入っている。
「侯族には正規軍に関与し、上士官や将校を多数排出している軍人家系の上級侯族があります。これを特別に『軍閥侯族』と呼びます。当然、軍に対して強い影響力を持ちます。十三上級侯族の中ではレオカーク・モーデンハイム・ベルクハイド・クラリオン・フォルトマイヤーなどと言った家系が軍閥侯族です。彼らに今回のような事態が起これば、軍の憲兵部隊や諜報部などを動かして即時対策を講じることができるでしょう。ですが、軍閥侯族では無く、生粋の経済侯族であり学術侯族であるミルゼルドでは軍を動かすことは難しかったはずです」
私は一言区切ると再び言葉を続けた。
「しかしです。資本投資や事業運営に強い経済侯族は有数の財力を持ちます。それが侯族社会の中では圧倒的な発言力を持ちます。それは皆さんご自身がよくおわかりかと」
サマイアス候は私の言葉に頷いてくれていた。悲しむべきかな、財力は侯族の力関係の中で強い影響力を持つのだ。
「アルガルドの連中はそこに目をつけたのです」
私がそう告げれば、サマイアス候が私の言葉を補助するように語り始めた。
「軍閥侯族では無いから性急な対抗策はしてこれない。だが経済的な影響力を背景にすれば他の侯族へとにらみを利かすことができる。アルガルドはミルゼルド家のその特徴に漬け込んだと言う事ですな?」
私一人の意見ではなくサマイアス候の言葉が添えられたことで私の意見は説得力を帯びることとなる。その場の誰もが納得してくれているようだった。
「そのとおりです。そしておそらくはミルゼルド家の本家筋や分家筋の方々にも、皆様方のように被害を受けた方が多数おられるはずです。ミルゼルドの名を勝手に使うことへの牽制として」
ロンブルアッシュ家のご領主がしみじみと言葉を吐いた。
「上級侯族ですら抗えないように手を打っていたと言うわけか。なんて連中だ」
私のこの推測はほぼ当たっているだろう。ミルゼルド家へのわだかまりは小さくなったはずだ。そしてさらにこの場にいる彼らの溜飲が下がるような言葉を私は述べた。
「ですが、もしそうだったとしても、ミルゼルド家宗家には傍流とは言え同族のアルガルドの暴走を阻止する義務があったはずです。その釈明と対価の支払いについても今こそ彼らは動くべきだと思うのです。私はわたし自身の持つ繋がりの中でそれを彼らに訴えてみようと思います」
それはアルセラのワルアイユに対してもそうだ。そこまで踏み込んでこそ今回の事件の収束は初めて果たされるのだから。
サマイアス候が言う。
「我々からもミルゼルド家に一度、話し合いを求めていこうと思います。彼らもアルガルドの被害者であるのなら、対話と協力はできるはずですから」
「おいっしゃるとおりです」
批判と攻撃の応酬は何も生まない。更なる禍根を育てるだけだ。だからこそどんなに時間がかかっても対話と協力が必要になるのだ。
私がそこまで話した時だった。私の言葉に続けるようにアルセラはある私見を述べ始めた。それは私も想像しえなかった予想外の意見だった。
「ルスト隊長がこうおっしゃられておりますので、それに続けるようで申し訳ないのですが今回の一件での今後の対処について皆様で私の考えをお聞きいただきたいと思います」
アルセラなりにこれからの事をどうすれば良いのか? 考えに考え抜いたに違いない。そのせいで彼女が導き出した言葉はまさに新領主としてあり方を示すかのような言葉だったのだ。
「私が皆様にお聞きいただきたい事、それは今回の事件の首謀者の側であるアルガルド家本家への対応についてです」
その言葉に領主の彼らの表情が固まった。アルガルドの名を聞くだけで相当な苦痛に違いないからだ。だがアルセラは臆することなく言う。
「おそらくはアルガルド家に対して、最低でも不正取得した領地の返還、最悪、取り潰しと言う結末が待っているでしょう。彼らの当主がしでかした事の大きさを考えれば、当主本人であるデルカッツが自決したとは言え、敵国との内通まで行っていた人物たちを中央政府が見過ごすはずがありません」
アルセラの言葉に隣接領地のご当主の一人、ロンブルアッシュ家の方が同意の言葉を吐く。
「おっしゃる通りです。消して許されるものではない」
「左様で」
同意の声が上がる中、アルセラは力強く言った。
「でも、だからこそです」
皆の顔を一つ一つ見つめながらアルセラは告げた。
「アルガルド家の遺児に対して、そっとしてあげてほしいのです」
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