アルセラかく語る。断罪ではなく赦しを、憎しみではなく未来を、

 皆が沈黙している。その中でセルネルズ家のサティー夫人が不満をにじませて言い放った。

 

「なぜです? アルセラ候? なぜ、アルガルドの者たちに手を出してはならないのですか?」


 アルセラは勤めて落ち着き払った様子で反発の感情をなだめるかのような口調でこう続ける。

 

「申し訳ありませんが、私はその点について何度も考えました。草一本残らぬほどに全てを焼き尽くす勢いで断罪してしまうのも一つの選択でしょう。アルガルドの大人たちなら、デルカッツを放置していた事の罪の重さを問われても仕方ないと思うでしょう。でも、アルガルド家に生まれた子どもたちは違います」


 それは誰もが見落としていたことだった。人としての友愛の気持ちよりも、領主として候族として、経済的な営みの方につい目線がいきがちな大人だからこそ考えつかなかったことだった。

 アルセラは皆にもはっきりと告げる。

 

「アルガルド家の子供たちはこれまで何の不自由なく暮らしていました。しかし、デルカッツとその取り巻きがしでかした行為のためにこれからずっと逆賊・国賊と罵られて生きて行かねばなりません。

 これが大人なら仕方ないと思えるかもしれない。でも、子どもたちはそこまで理解はできません。大人たちもデルカッツ一派に逆らう事の恐ろしさを身内であるからこそ解っていたはずです。

 そもそも国の外から暗殺結社を招き寄せるような連中です。告発のために軍に密告などしようものなら、家ごと焼き殺されてもおかしくない」


 私はアルセラがそこまで気づいてということに正直驚いていた。さすがはあのバルワラ候の血を引いているだけはある。見識の確かさと視野の広さは間違いなく引き継がれていた。

 私は彼女の意見を後押しするように述べた。


「そうね、私はデルカッツと戦いましたが、その際にあの人はそこまでやったということを口にしています」


 そうなのだ。身内であるからこそ逆らえないのだ。アルセラは続けた。

 

「今ここで報復に走れば、そこには反省も和解もなく、恨みしか残らない。それが生み出すのはさらなる報復です! 辛酸をなめることになったアルガルドの遺児たちが、生きのこり大きくなったときに恨みつらみを炸裂させて、デルカッツ以上の巨悪になることも考えられます! そうなってからでは遅いんです!」


 皆がアルセラの言葉をじっと聞いてくれていた。一切の反論を差し挟むことなく。

 

「だからこそです。報復ではなく対話を、救いの手を差し伸べるのが無理ならば、せめてその存在を黙認してあげてください。この世の片隅でもいい。生きる場を奪わないでください。許すことで癒える傷があるはずなのですから」


 そしてアルセラに問うてきたのはサティー夫人だった。

 

「アルセラさん? あなたは、どうしてそこまで考えられるの?」


 サティー夫人はアルセラの真意を試すかのようにあえてこう訪ねてきた。少し辛辣と言える言葉で。


「お父上を奪われたあなたなら、それこそ全てを焼き尽くしても飽き足らないと思うかもしれないのに」


 その言葉にアルセラはしみじみと言った。


「そうですね。そうできたら幾ばくかでも気持ちが楽になるかもしれません。でも――」


 そしてそこから語られたアルセラの言葉は父を亡くしてからこの数日間で彼女自身が歩んだ苦難そのものを象徴する言葉だった。


「私はこの数日間、父親の死をきっかけとして度重なる理不尽を受けてきました。暗殺者に襲撃されたこともあります、村を焼かれそうになり、領民たちとともに領地を離れ西方の岩砂漠へとやむなく逃れたこともあります。そして、この国の領土を守るために数多くの人々が命をかけて戦う様を目の当たりにしてきました。そしてそこであることに気づいたんです」


 アルセラは一区切り言葉を置くとはっきりこう述べた。


「失われた命は帰ってこないし、一度起きてしまった禍根は容易には消すことはできません。ならばだからこそです。自分自身の気持ちひとつで後々の災禍を少しでも減らすことができるのであれば、次に来る未来のために平和の種を残しておきたいのです」


 アルセラの言葉が余韻を持って広がっていく。そして彼女は最後にこう述べたのだ。


「草葉の陰で亡き父もそう願っているでしょう」


 それがアルセラの答えだった。否、そうしてほしいのだ。そうでなけば本当の解決には至らないのだから。

 今回の騒動で一番の被害を被ったワルアイユの当事者であるアルセラだからこそ、その言葉は重かった。

 皆が沈黙し思案に暮れているのがよく分かる。そんな彼らにアルセラは選択肢を提示した。

 

「皆さん、中央政府に上申書を出しませんか?」

「えっ?」

「上申書ですか?」


 誰ともなく疑問の声を出す中でアルセラは続ける。

 

「本来のアルガルドの旧領を残してほしいと言う意見上申です。取り潰してしまえば、離散する家族や心中する者たちも出るでしょう。他の地域に移住しても石もて追われる事になるでしょう。アルガルドの旧領が残されていれば、その地にて生きることはできるはずですから」


 サマイアス候が言った。

 

「アルセラ候の言う通りだ。怒りの拳を振り下ろして叩きつければ、それは本当の解決には至らない」


 そして彼はこう述べたのだ。

 

「目が覚めました。戦いと討伐が終わった以上、これ以上は求めるべきではありません。前向きに検討していかなければ」

 

 サマイアス候の言葉に他の領主の方々も頷いてくれていた。


「とはいえ気持ちに折り合いをつける必要もある。親族たちに意見を伺う必要もある。一晩、考える時間をいただけませんか?」


 サマイアス候の言葉の後にモーハイズ家のご当主がこう述べた。


「悪いようには致しません。前向きに検討いたしましょう」


 アルセラは皆の決断に、こう感謝を述べたのだった。

 

「ありがとうございます。それでは明日、領主親睦会の場でお答えをお聞かせください」

「心得ました」


 これもまた、長い戦いの終幕の一つだったのだ。

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