第4話:祝勝会歓談 ―アルセラと私の歩んだ道―
隣接領地の来賓たち ~アルガルド討伐に寄せる思いとは~
乾杯の音頭とりが終わり、酒盃を皆が満足げに仰いでいく。それぞれに飲み干すと傍らのテーブルにグラスを置いて割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
そしてそれは、アルセラの新領主としての大きな役目が無事に成功したことを証明していた。
いつまでも鳴り響く拍手を治めるようにアルセラは右手を高く掲げた。それに従うように人々の拍手は収まっていく。
静寂が戻ってきた祝勝会の会場に向けてアルセラは告げた。
「それでは皆様! 心ゆくまで歓談とご会食をお楽しみください!」
壇上の上から視線を配れば、神殿祭壇から程近いところでカークさんが満足気に頷いている。どうやら会場の方でも重篤な問題は避けられたようだ。
精霊神殿の儀仗官による清めの儀式も滞りなく進み、主催者挨拶も無事に終わった。後は皆が心ゆくまで歓談し会食の料理を楽しんで満足してくれることを願うのみだ。
私の傍らでアルセラが言う。
「お姉さま」
「アルセラ」
「主催挨拶が終わりましたら、主要な来賓の方々のところへご挨拶に伺わないといけませんわよね?」
「ええ、そうね。ご支援いただいた方々の所にもお礼の言葉をかけて周らないと」
「はい!」
一つの大きな役目を無事にこなしたアルセラは気持ちに余裕ができたのか自然な笑顔を浮かべていた。神殿階段の下からエスコート役のプロアとラジア君が上がってくる。
私たちはその二人の手を借りながら神殿階段を降りていく。一番下まで降りた所でプロアが私たちに打ち明けてきた。
「一応話しておく」
「何かしら?」
「隊長たちが祭壇の上で口上を述べていたその間だが、何件か騒動が起きていた」
その言葉に私やアルセラの顔に緊張が浮かぶのがよくわかった。だがプロアは言う。
「心配するな。いずれも大事になる前に解決しておいた。仕掛けた人間はみな身柄を押さえたし、軍の憲兵の人たちが今頃尋問している最中だろう」
実行犯が捕らえられて尋問を受けている、ならば――
「背後関係や依頼筋も分かりますね」
「あぁ、本元が一体誰なのか、たぐれるだろう」
「それは良かったわ」
首謀者が誰なのか? それが確実に突き止められるのであれば僥倖という他はない。今後の禍根を断つ意味でも確実に首謀者の息の根を止めねばならないのだから。
そして私たちはエスコート役の二人から手を離す。
「ありがとう。皆にもお礼を言っておいて」
「ああ」
プロアはそう答えながら頷いていた。
「それでは私たちは来賓たちに挨拶をしてくるから」
「ああ、分かった。気をつけてな」
私の言葉にプロアはそう答えて離れていく。すぐそばに並んで立っているわけには行かないが、彼のことだ、少し離れた位置で私たちのことを見守ってくれるはずだ。
そして私とアルセラは二人で連れ立って、この祝勝会に駆けつけてくれた様々な来賓たちの所へと赴いて行ったのだった。
† † †
それから、私とアルセラは連れ立って祝勝会会場の中を歩いて回った。
主催者として、主賓として、この祝勝会に参加してくれた主だった来賓の方々や、協力してくれた支援者の皆様にお礼かたがた挨拶の言葉をかけて回るのは当然のことだ。
この戦いで共に戦った多くの人たちもこの祝勝会に参加してくれている。そういった人たちも感謝の意を述べるのも重要な意味がある。
壇上から降りて歩きはじめると、早速私たちに歩み寄る人影があった。
「見事な主催者挨拶だったね。ルスト隊長もご苦労だった」
心地よく響くバリトンの声が私たちにかけられる。そこに立っていたのはスリムなルックスのロマンスグレーの実年世代の候族のご夫婦だ。
私たちが大変世話になったあの人だ。アルセラが二人の名を呼ぶ。
「サマイアス候! それにサティー夫人」
それはワルアイユ領の隣接領地のご領主であるセルネルズ家の当主、サマイアス・ハウ・セルネルズ候と、その細君、サティー・ハウ・セルネルズ夫人だ。
「大任完遂、おめでとう」
「お役目ご苦労様です」
サマイアス候とサティー夫人がそう語りながら右手を差し出してくる。私はたちも右手を差し出して握手で返した。
セルネルズ――、ワルアイユとは西側で境を接し、アルガルドとも隣り合っている。ワルアイユ同様、アルガルドには苦しめられていたはずだ。
当然ながらサティー夫人から述べられたのは感謝の言葉だった。
「この度は誠にありがとうございます。ほんとうに、あなたたちには感謝の言葉しかないわ」
サティー夫人が言う言葉を私たちは謙遜して返そうとしたが、それを遮るようにサマイアス候がしみじみと告げてきた。
「実はね、今更ながらアルガルドの連中には長年に渡る積年の思いがあるのだよ」
それはもう一つの苦難の歴史だった。そして、決して忘れ去ることのできない悪事の足跡だった。サマイアス候が言う。
「我々は彼らには娘の人生を台無しにされたんですよ」
「えぇ、娘の婚姻をね」
「ご息女がですか?」
「えぇ」
私が問い返せば、サティー夫人から語られたのは無念の日々の記憶だった。
「娘には幼いころからの許嫁がいて、そのもとに嫁ぐ予定だったのですが、アルガルドから嫁入りの強要がありましてね、娘の婚約者のもとに嫌がらせや経済妨害がふりかかった。結果、結婚は断念。しかし娘はアルガルドのもとには嫁ぎたくないと涙して、とある精霊神殿に出家してしまいました。親としてなんとしてもやれなかったのが今でも忸怩たる思いです」
それはアルガルドの悪行の一端。彼らはアルセラに対して行っていたようなことを他所でも行っていたのだ。だがそれに続いたのは夫人の明るい声だった。
「ですが、あのアルガルドがついに討伐されたとなれば娘が出家して貞操を守っている必要もありません。婚約者もいつか事態を解決できる日が来るはずと、娘の帰りを今でも待ってくれていると言います」
そして、サマイアス候が言う。
「近々、娘の出家を解いて還俗させるつもりです。そうすることでやっとあの娘の幸せを実現できます」
そしてサティー夫人は目尻に涙を浮かべながらこう述べたのだ。
「本当にありがとうございました」
その感謝の言葉を否定するいわれもない。私はこう返した。
「ご息女の輿入れの実現を心からご祈念申し上げます」
「ありがとう」
そして夫人とサマイアス候はアルセラに告げる。
「あなたも、お父様が亡くなられて何かと大変だろうけど挫けずにね」
「何かあれば隣接領地同士、手助けすることもできるはずだ。これからも遠慮なく言っておくれ。力になろう」
サマイアス候には今回の祝勝会の一件では本当に世話になった。彼の尽力がなければ、ここまでの規模で実績として示すことができる見事な祝勝会は開催することはできなかっただろう。
その意味では私以上の功労者なのかもしれない。無論そのことはアルセラも十分に承知していた。アルセラは明るく答えた。
「ご厚情痛み入ります、これからもよろしくおねがい致します」
そう答えて軽く会釈をする。そして、握手を再び交わしてそこから離れる。
そこからワイアット、ロンブルアッシュ、モーハイズと言った近隣の中級侯族の領主夫妻が続いた。彼らとも挨拶をし握手を交わす。その後に短く言葉を交わし合うが、彼らの口から出てきたのはアルガルドへの積年の思いと彼らを討伐したことへの感謝の思いだった。
彼らはアルガルドとは隣接こそしていなかったものの彼らもアルガルドによる妨害行為に悩まされていた。
ワイアット家は鉱山運営に介入され、坑夫の中に工作員を入れられて大規模なサボタージュを起こされ大損害を受けていた。
ロンブルアッシュ家はアルガルドの不正行為を告発しようとして警告として本邸に放火され、家族一人と使用人数人を失っていた。
モーハイズ家は直接被害こそなかったものの、アルガルドの行動が原因となり、この近隣地域の経済が麻痺してしまい領地内の商人たちが破産する状況にあった。
そして彼らは口々に言う。
――彼らの後ろ盾が怖かった――
そう、アルガルドは被害者を威圧する際に、自分たちの血筋である十三上級侯族ミルゼルド家の存在を匂わせるのだ。
それ以外の中小の領地の領主夫妻とも挨拶を交わしたが、いずれもが同じ状況だった。領地を奪われ、親戚筋に身を寄せる形で細々と暮らしていた人たちも居た。まさに被害を受けていない御家が無い状態だった。
さすがのアルセラも絶句するしかない。
彼女もこれほどとは思ってもなかったに違いない。
一通りの挨拶が終わり、軽い雑談が始まっていた。その場で私はある思いを彼らに伝えることにした。もしかしたら反発を受けるかもしれない。しかし、私の親友であるレミチカの名誉を守るためにも伝えておかねばならないのだ。
私は静かに彼らに対して語り始めた。
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