■ダルカーク・ゲーセットの場合

 それは粗野な男だった。

 候族ではないが地方名士スクワイアとして一定の地位を築き上げていた。

 財はある。屋敷もある。使用人も多数抱えている。所持している地所も大きく、その気になれば候族として家名を建てることもできるだろう。だが彼はそれをしなかった。

 否、できるような〝人望〟がなかったのだ。


 貧乏暮らしからの叩き上げで、這い上がるためには手段は選ばなかった。

 他家を乗っ取ることも他人の財産を奪うこともやった。アルガルドのミニチュア版とでも言った方が良いだろうか?


――自分さえ良ければいい――


 それがその男の価値観の全てだった。信用されるはずがない。

 そんなおり、彼にある誘いが持ちかけられた。


『候族として家名を立てたいのだろう?』


 その言葉に男は思わず飛びついた。候族として新家を設立するために必要な〝5名の信用保証人〟を用意してくれるというのだ。条件は一つ。


『ワルアイユの小娘が父親の急逝によって家を継ぐことになった。そのためには祝勝会で主催者挨拶の演説を成功させる必要がある。それを妨害しろ。手段は任せる』


 なんだそんなことかと男は思った。そして男が選んだ手段が〝野次〟だった。

 どうせ自分には人望はない、いまさら評判を落とすような事をしても大してダメージもない。ならば――

 男はもっともお手軽、かつ効果的な方法を選んだのだ。


 そして今、その小娘が神殿階段の祭壇へと上がり、周囲の視線が注目する中で演説を始めた。新領主だか、西方国境での武功だか、どんな実績があるのか知ったことではない。ようは自分が成り上がれれば良いのだ。

 そう考え、悪意を持って野次を飛ばそうとする。大きく息を吸い込み、小娘の死んだ父親のバルワラの事を揶揄しようとして大きく息を吸い込んだ時だ。男は違和感を感じた。


「なんだ?」


 不意に感じた視線をたどる。だがその先に見たものは、


「――!!」


 恐怖そのものだった。

 その男の立っている場所から少し離れたところ。別の一人の屈強な男が睨みつけていた。その屈強な男の名前を彼は知っていた。


「ダ、ダルカーク――」


 それは〝雷神〟の二つ名を背負っている男だった。正規軍人としても職業傭兵としても、第1級の武闘派として知られた男だった。その男が憤怒の表情で睨みつけている。その事実は何よりも恐怖だった。

 間違いないのは、絶対に敵にまわしてはならない男だった。

 ダルカークが右手の親指を自らの首筋に当て、左から右へと横に切るような仕草をした。明確な威嚇と警告だった。

 その粗野な男が怯えの表情を浮かべたまま野次を止める。そのまま野次を飛ばせばどのような結果になるか悟ったからだ。そしてそのまますごすごとその場から去ろうとする。

 その時だった。


「お前、今何をしようとしていた?」


 その粗野な男を呼び止める声がする。恰幅の良いルタンゴトコート姿の青年が二人。だが、そのうちの一人が懐から白銀のプレートを取り出す。フェンデリオル正規軍の軍人徽章だ。


「警備役の憲兵だ。公式行事の妨害行為未遂だ。詳しく聞かせてもらうぞ」


 会場の中に潜んでいた私服憲兵だった。もはや逃れようはない。


「ある人物から通報があった。未遂だから罪としては不問で済ませるが、背後の事情はしっかりと聞かせてもらうからな」


 私服憲兵はそう告げる。

 罪には問われなくても、尋問されたと言う噂はいずれたってしまうだろう。尾ひれはひれがついた状態で。そしてそれはこの男のこれからの人生において大きな後悔となるはずだ。そのことに後から気づいてもその時にはすでに手遅れだ。

 私服憲兵はその男を連行していったのだった。

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