祝勝会本会・主賓の挨拶 ~ルスト力強く語る。そして、乾杯の時~

 そして、私はアルセラの意図がよく分かった。

 アルセラは今回の西方国境での戦闘武功について自分の名誉とするつもりは微塵もないのだ。だからこそ、事実を事実として伝え、本来の功績者が埋もれるようなことは避けようとしたのだ。そして、聴衆たちもそれを望んでいる事も察したのだろ。

 これならば、アルセラのその謙虚さが彼女の人格に対する評価を間違いなく高めてくれるはずだ。

 事実、私のことを前へと出す流れは、なおも続く拍手を持って期待を込めて受け入れられている。アルセラに対しても適切な判断への好意的とも言える視線が寄れられているのが分かった。

 こうまで皆に求められているのならば答えるのが当然だろう。

 私は覚悟を決めて数歩進み出た。凛として背筋を意識して伸ばしながら前と進み出る。そして周囲を一瞥しながら語り始める。


「皆様! ただいま、アルセラ様よりご紹介に預かりましたエルスト・ターナー2級職業傭兵です」


 自らの名前を名乗ったところで拍手は一旦止む。


「私は実は、そんなに大それたことをしたとは思っていません。なぜなら人というものは理不尽に対して抗うのは、人として当然の行動であり、自らと自らの仲間たちを守るというのは生きている者としてあって当然の本能だからです」


 私の言葉を皆がじっと聞いてくれている。


「ですが、この世に生きる人間のすべてが善人で隣人に対して思いやりに満ちているとは限りません。他人から生きていくための糧を横から掠め取り奪い去るような、強欲で罪深い者達もこの世の中には少なからず存在しているのです」


 私の傍らでアルセラが頷いていた。彼女に降りかかった出来事を考えれば当然だ。


「だからこそです。人は自ら覚悟を決めて立ち上がらなければなりません。そして一人一人が覚悟を決めることで力を合わせ連帯し一致団結して、かかる理不尽に立ち向かわなければならないのです」


 私は部隊の仲間たちをその脳裏に思い浮かべていた。彼らがいたからこそ私はこの難局を乗り越えることができたのだ。


「私はそのために、声をかけ、道を示しただけに過ぎません。メルト村の人々、正規軍の人たち、職業傭兵の皆さん、そのほか私たちがここに至るまでに手を差し伸べてくれた全ての人々。その一つ一つの善意の積み重ねがあってここに至ることはできたのです」


 そして私も、傍らのアルセラを引き寄せた。衆目の視線を感心を彼女へと返すためだ。

 戸惑いつつも、私の手の温もりに嬉しそうにしているのがよくわかる。


「そして何より、私は彼女――、アルセラ嬢の覚悟を抜きにしてこの戦いの勝利を語ることはできません。ワルアイユの前領主であるバルワラ候の不慮の死。その突然の出来事により悲しみのどん底にあったにもかかわらず、自らの立場と自らが成すべきことを忘れることなくアルセラは立ち上がりました。彼女が胸を張って前を見据え、道を示したからこそ私は――いいえ、私たちは進むことができたのです」


 そして私は彼女を見下ろすようにやさしく視線を投げかける。彼女の驚くような、それでいて嬉しそうな顔が返ってくる。


「彼女はまだ領主としては幼い範疇です。ですが彼女なら先祖代々引き継がれてきたこのワルアイユをこれからも手堅く守っていくことができるでしょう! そして、これからも皆さんにはそのためのご尽力を頂きたいと願うばかりです!」


 そして私は正面を見据えながら締めの言葉を語る。


「ですが、今宵、この一時いっときだけは全てを忘れて語り合い喜びを分かち合いたいと思います」


 私は高らかに告げた。


「本当に、ありがとうございました!」


 その声とともに人々の割れんばかりの拍手が沸き起こる。それは祝福と称賛の拍手、長々と鳴り止まぬ拍手には万感の思いが込められていた。今まさにアルセラは領主として認められたのだ。

 危惧していた妨害は起こらなかった。どうやら仲間たちが見事に防いでくれたらしい。私の今回の戦いは常に彼らによって支えられていた。彼らあって今日の私があるのだ。

 侍女や侍従の方たちが酒盃のグラスを人々に配り始めた。メルト村の人々や、軍人さんたちや職業傭兵の人たちも手伝いすべての人々にグラスがまわる。そして、私たちにもオルデアさんが運んできてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 私は自分自身とアルセラの分を手に取り、そのうちの一つをアルセラへと渡した。

 アルセラは私の顔を一瞥しながらグラスを手に取るとにこやかに微笑でいた。そこにはあの日、悲しみの底に沈んで打ちひしがれていたあの時の面影は微塵もなかった。アルセラは言う。

 

「お姉さま、乾杯の声はどなたに?」

「そうね」


 そう問われればこの人しか居ないだろう。

 会場の中を探して視線を走らせれば、その長駆の軍人はそう遠くない場所にて正規軍の方たちと一緒に佇んでいる。

 服装はフェンデリオル正規軍の礼装姿。侯族階級の人間らしくしっかりと着こなしていた。


「ワイゼム大佐!」


 私の声に彼の視線が返ってくる。

  

「乾杯のご発声をお願いいたします!」


 その問いかけにワイゼム大佐は、私たちに声をかけられるのを解っていたかのような振る舞いだった。彼は力強く言う。

 

「心得た!」


 グラスを手にしたまま壇上へと進み出てくる。階段を上がり私たちの傍らにてグラスを手に参加者の方へと体を向けて立った。

 こう言う乾杯の音頭の声掛け役と言うのは案外に選ぶのが難しい。

 偉すぎて主賓が霞むようでも困るし、格下の人にやらせて異論が出ても困る。だが彼なら――

 

「ただいまご紹介に預かりました、ワイゼム・カッツ・ベルクハイドであります!」


 私たちとあの国境戦をともにしたのみならず、アルセラの戦いの有様を目の当たりにしている。しかも西方司令部の作戦本部の将校で上級侯族となれば、異論が出る余地はないだろう。

 

「正規軍士官として様々な戦いをこの目で見てまいりました。そして、最も華麗にして鮮やかなる采配を振るった指揮官と言えばまさに彼女でしょう」


 大佐の言葉は称賛に満ちていた。だがその言葉はそれで終わらない。

 

「そして、悲嘆極まる事態に見舞われたこのワルアイユの地を守るために立ち上がったもうひとりの人物がいます。こちらにおわす若き当主、アルセラ・ミラ・ワルアイユ候です。その小さな双肩にかかった重圧に負けることなく、困難に耐え領主として采配を振るい難局を今日まで乗り越えてきました。私は彼女たちのもと、この国を守る戦いに参加できたことを心から誇りに思います」


 そして大佐は私たちに視線を投げかけながらこう続けた。

 

「このワルアイユの里の繁栄と、我らがフェンデリオルの栄光と、この戦いの勝利を祝して!」


 グラスを手にした大佐の右手が掲げられた。

 

乾杯!トーストン!


 私たちの民族の言葉で掛け声があがる。その声は辺りに響き渡り、そののちにグラスが掲げられた。さらに皆がグラスから一口飲み干して乾杯は終わる。その後にアルセラが皆にこう告げたのだ。


「皆様! それでは今宵は心ゆくまでお楽しみください!」


 そして、宴は始まる。

 人々の語らい合いが始まったのだった。

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