祝勝会本会・主催者挨拶 ~アルセラ、自らの言葉で語る~
私は傍らのアルセラに視線を投げかける。彼女も私の目線に気づいてうなずき返してくれた。
――頑張って――
そう自然に込めれば、
――行ってきます!――
そう力強く覚悟する意思がはっきりと浮かんでいる。
同時に私は、周囲の状況にも視線を配った。仲間たちとの打ち合わせ通り判断するなら、アルセラの主催者挨拶を妨害しようとする者たちが必ずいるはずなのだ。
その時、私の仲間たちは、それぞれがそれぞれの意思と判断で会場の中へと散っていった。この会場の中に潜り込んでいるであろう〝妨害者〟をあぶり出すために。
守りは万全だった。
さぁ、お行きなさいアルセラ!
あなたがあなた自身の意思で自らの生きる場所掴み取り守り抜くために!
アルセラは自らの意思で進み出る。そしてドレスの前側を両手でつまむと、スカートの裾を軽く持ち上げる。階段を上る際にスカートの裾を自ら踏まないようにするためだ。私は彼女の背中を守るようにやや遅れて神殿階段を登る。
アルセラが神殿階段の最上部でゆっくりとその身を翻す。私もその傍ら少し後ろで彼女を見守るようにして並び立つ。
今、アルセラは背筋はピンと立っており前かがみはなっておらず、もちろん猫背にもなっていない。慌ただしく焦るような所作もなく、悠然と堂々と余裕と威厳を漂わせながら彼女は誇らしげにその場に立っていた。
祭壇の最上部からアルセラは会場を見下ろし見回している。彼女の視線が投げかけられた時、その気品と凛々しさとに会場からは思わず感嘆の声とため息が溢れ出していた。その背後から眺めていても、気のせいか少し大人びて見える。
祭壇の上や階段の途上にも床置き式のランプがそこかしこに設置されていて祭壇最上部に立つアルセラを神秘的に浮かび上がらせていた。今こそアルセラは美しかった。誰が見ても、神々しく、麗しく思えるほどに。そして、彼女は語り始める。今こそ主催者挨拶の始まりである。
アルセラは口上を述べ始めた。背筋を伸ばし毅然として胸を張り、その背中には悲しみはない。ただ、新たなる領主としての責任と誇りがあるのみだ。
「皆様! 今宵は遠路はるばるお集まりいただき、このアルセラ・ミラ・ワルアイユ、心より感謝申し上げます!」
アルセラは力強く抑揚を込めながら言葉を続けた。突き抜けるような響きでその声が会場へと広がり渡っていた。
「思えば今からわずか10日ほど前、この村を突然の不幸が襲いました。為す術なく理不尽に見舞われ、私自身も悲しみのどん底にあり、どうすれば良いのか、何をして解決の糸口をつかめば良いのか、皆目検討すらつかない有様でした」
アルセラは皆を眺めながら言う。
「このまま悪意になさされるがままにすべてをあきらめるしかないのか、ただ座して破滅の時を待つしかないのか、悲しみと恐怖に私たちはまだ囚われていました」
アルセラのその言葉に場はしんと静まり返っている。誰もが彼女の言葉に思い当たることがあるからだ。だが彼女は言った。
「ですが、そこにひとつの光が降り注ぎました」
そして彼女は神殿階段最下段にて待機していた私へと視線を注ぐ。そして、上がってくるようにと手招きをしていた。
それは前代未聞のことだ。祝勝会主催が主催挨拶の際に主賓を壇上へと招くことなどありえない。だが、彼女はあえてそれを行った。それはアルセラなりの意図あってのものだった。
私は意を決して神殿階段を登っていく。自らのドレスのスカートの膝上のあたりを両手でつまみ持ち上げながらしずしずと登っていく。そして、上りきるとアルセラの側へと歩み寄った。
その際、アルセラは不意に私の右手を掴むと自らの隣へと引き寄せる。
「その光とは、私の傍らに控えてらっいしゃるエルスト・ターナーさんです!」
それにより皆の視線が私へと移っていた。彼女はあえて会場の視線を自分ではなく私へと集めさせた。誰が貢献者で誰か功績を挙げたのか取り繕わずに事実を事実として伝えたのだ。
「思えば私の父が不慮の死を遂げ、私は絶望の底へと突き落とされていました。何をどうしていいかわからない状況下でただ泣くことしかできなかった私の目の前に現れ、優しく抱きしめて領主としての在り方とその誇りを説いてくださいました。それがあったからこそ、私は再び立ち上がることができたのです」
私は傍らのアルセラを見下ろすように見つめる。この数日間で彼女は見違えるように強くなった。そこには弱々しさはない。
「それに続く数日間を無事に切り抜けられたのは、常に前を見据え決して諦めるということをしなかった、彼女あってのことです」
そしてアルセラは私を見つめながら言う。
「私は彼女に心から感謝の意を送りたいと思います。皆様! 今こそ彼女に、そして、その彼女を支えた素晴らしい仲間たちに心からの拍手をお願いいたします!」
アルセラの言葉に導かれるように割れんばかりの拍手が私たちへと送られた。拍手は容易には鳴り止まない。なぜならアルセラに続いて、私の言葉を待っているからだ。
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