祝勝会本会にて ~精霊神殿・儀仗官による清めの儀式~
背後を振り返れば、別な馬車でたどり着いていた仲間たちや、メルゼム村長の姿もある。
先頭を行くのは案内役の執事のオルデアさん。それに続いてアルセラを先頭にその次に私が位置する。
私とアルセラのそれぞれの左側に立ち、肘を差し出してくれている。さらにその後ろには査察部隊の仲間たちと続く。
先頭に立っていた案内役のオルデアさんが祝勝会会場に集っていたすべての人たちに向けて宣言した。
「祝勝会主催にしてご領主! アルセラ・ミラ・ワルアイユ様! 祝勝会主賓、エルスト・ターナー様! 並びに、その同御僚御一行様! ご到着あそばされました! 皆様、拍手をもってお迎えください!」
オルデアさんの宣言とともに、会場に集まっていた人たちから、拍手が溢れ出す。
私たちは背筋を伸ばし、毅然として胸を張り、人々に囲まれ、割れんばかりの拍手に迎えられながら歩き出した。そして、アルセラには昨日からの特訓の成果がその立ち居振る舞いや姿勢にとはっきり表れている。清楚として、凛々しいその立ち姿には、無様さは絶無であり、その醸し出す気高さと美しさゆえに、周囲からはため息が漏れているのがありありとわかるのだ。
そんな私たちを囲むのはこの祝勝会を開いてくれた全ての人たちだ。
メルト村の人々、
正規軍憲兵部隊、
村に残り復興作業に手を貸してくれる職業傭兵、
私たちの勝利を祝いアルガルド討伐に対し感謝の念を伝えるためにはるばるやってきてくれた近隣領地の候族の方たち、
さらにはワルアイユ家の使用人であるメイドの方たちの姿もある。彼女たちもこの時ばかりは祝賀会用の礼装服に身を包んでいる。
エプロン風の前掛けをしているのは祝賀会の中で給仕役や料理の準備などをまかされているた方たちであった。
メイドさんたちの数が心持ち多いな? と思ったのだが、服装が微妙に違うのでおそらくは近隣領地の候族の方々の使用人さんたちだろう。遠路はるばる駆けつけてなお、裏方の仕事に尽力してくれる姿には感謝しかなかった。
私はアルセラと共に、二人の男性にエスコートされてレンガ敷きの参道の上をしずしずと歩いて行く。私たちが進む間、ギャラリーからは拍手が鳴り続けていた。
そして祝勝会会場をまっすぐに横切り礼拝神殿の前へとたどり着く。
そこは神殿入り口が全面が階段となっており祭壇のようにも用いれるようになっていた。私たちは礼拝神殿を背にして神殿入り口の石畳の真下に立つとゆっくりと背後を振り向きその場を見渡した。
――ついにとうとうここまで来た――
私には、そう言う万感の思いがあった。
思えばミルフル母さんの治療費を稼ぐ名目で、実入りのいい大規模哨戒行軍任務に参加し、不測の事態で小隊長役を任されたところから今回の一連の事件は始まっていた気がする。
そして運命に導かれるようにこのワルアイユにたどり着き、私はアルセラと出会った。
はじめは泣き崩れるばかりで何もできなかったアルセラ。だが彼女は私の説得と励ましを耳にして、覚悟を決めると懸命に立ち上がった。
度重なるように降りかかる剣難を、一つ一つかいくぐりながら領民たちと力を合わせて立ち向かい、今回の祝勝会へとつながる大きな勝利を物にした。
そして――
そしてとうとういよいよだ、彼女はここにたどり着いた。
――祝勝会本会、主催者挨拶――
今この場でアルセラは本当の意味で独り立ちし、自らの覚悟と自らの意思で言葉を紡ぎ出し、人々へと己の意志と矜持を述べることになるのだ。
ほぼ全てが夜に染まり、宴の時の始まりを知らせてくれていた。その夜のとばりの中でいくつものランプの光に会場のすべてが照らされている。
その中で公式行事の儀式を差配するフェンデリオル正教の儀仗官が姿を表す。着ているキャソックは純白から、白磁に金色の縁取り模様が幾重にも縫い込まれた大礼服と呼ばれる本式仕様の物へと着替えられていた。そして、鈴が4重に取り付けられたハンドベルが右手に携えられ、そのハンドベルを鳴らしながら神殿の奥から姿を表した。
その彼の背後には二人の少年少女が付き従っている。フェンデリオル正教にて出家して修行をしている儀仗学士たちだ。祝勝会本会の儀式補佐として付き従っているのだ。
その彼らの手には、前祭で用いられた振り下げ式の香炉と、国教としてのフェンデリオル正教の威厳を示すミスリル銀製の
ハンドベルの音は静寂を求める合図だ。ベルが4つなのは4大精霊を意味している。
若干のざわめきがあった会場はハンドベルの音の前に沈黙を守る。そして、儀仗官が手にしてたのはミスリル銀の錫杖だ。儀仗官はそれを天へと掲げつつ祈りの言葉を述べ始める。
「我らがフェンデリオルを見守る
儀仗官は錫杖の竿尻を祭壇の床面へと突き立てて鳴らす。
――カーーンッ!――
その甲高い音は会場へと鳴り響く。そして、儀仗官は告げる。
「ワルアイユ家暫定領主、アルセラ・ミラ・ワルアイユ!」
その声にアルセラは数歩進み出て壇上を見上げながら答える。
「はい! アルセラ・ミラ・ワルアイユ、ここに!」
姿勢は乱れなく、その肩には気負いも怯えもなく、声は朗々として山野の
その彼女の佇まいを遠巻きにして見守っているのは、礼儀指導指導役として駆けつけてくれたあの
「
儀仗官はその言葉とともに錫杖から振り下げ式の香炉へと持ち替えて神殿階段から降りていく。そして、最下段にて待機していたアルセラへと歩みよる。するとアルセラはその場にてドレスのスカートの左右中程を両手でつまみ上げながら片膝をついてその場にしゃがみ込む。
儀仗官の言葉が〝汝ら〟とある以上、私も含まれる。私もアルセラと同じように片膝をついた。
そのアルセラの元へと儀仗官は降り立つとこう告げた。
「祈りなさい」
その言葉を受けて私たちは両手を合わせて祈りの仕草をする。その周りを振り下げ式の香炉を持ったまま儀仗官はフェンデリオル正教の聖典の聖句を唱えながら4度ほど歩き回った。
これほどまでに【4】と言う数字が重要視されるのは、風化水地の4大精霊を最も重要視しているからに他ならない。
そしてその4度目を終えて儀仗官がもとの立ち位置に戻るとこう告げた。
「なおりなさい。そして、立ち上がりなさい」
言われるままにアルセラは祈りを解いてゆっくりと立ち上がった。立ち上がったあとの姿勢の乱れも着衣の崩れもない。完璧な所作だった。
「清めを終えた汝らに告げる。精霊神殿の祭壇にて言葉を述べることをここに許す」
儀仗官の言葉にアルセラは答えた。
「
その言葉に満足気にうなずくと、儀仗官は神殿階段を登って行き、最後に最上段で再度振り向いて右手を振り下げ式の香炉からハンドベルへと持ち替えて再度ハンドベルを打ち鳴らした。それは会場の皆へと送る4大精霊の祝福を意味していた。
そして、儀仗官は身を翻し神殿の中へと姿を消していく。祝勝会本会における神殿儀式はこれで終了となる。そこからは祝勝会本会が更に続いた。
神殿階段の傍らで執事のオルデアさんが立って高らかに告げる。
「続きまして、本祝勝会主催者、アルセラ・ミラ・ワルアイユ様よりお言葉を賜ります」
さぁ、いよいよだ、もう逃れることのできないところまで来たのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます