祝勝会本会始まる ~華やかなりし、女達の装い~

 そして時刻は夕方午後6時いよいよはじまりのときだった。


 執事のオルデアさんに促されて私たちは移動用の馬車へと分乗する。そして馬車列を組んで会場へと向かう。

 馬車は精霊神殿前広場の入り口への到着し、静かにその動きを止めた。  

 馬車の扉が開き、まずタラップから降りていったのはこの祝勝会の主催者であるアルセラだ。馬車の下ではすでにラジア少年がエスコート役として待機していた。

 降りてきたアルセラに左手を差し出して、彼女の左手を受け止める。そして、そのまま自らの右肘へと彼女の左手をつかまらせた。

 アルセラが右に、エスコート役のラジア君が左になり並び立った。

 それに続いて私のエスコート役であるプロアが先に降り、私が降りるのを下でサポートしてくれていた。

 何しろこの布地のボリュームのあるスカートドレスだ。万が一裾を踏んでしまったら顔から地面に叩きつけられる。そんな無様な姿は晒すわけにはいかない。

 馬車の上から見れば、会場へと向かう道すがらには、すでに来賓たちの姿が所狭しと並んでいた。

 主賓である私たちを迎えるためだ。

 緊張しながらタラップを降り、なんとか地面へと降り立つ。私の後ろから執事のオルデアさんがついてくるが、列の先頭へと移動すると、みなを祝勝会の会場へと促していく。


「さ、皆様。参りましょう。どうぞこちらへ」 


 オルデアさんの案内により祝勝会の会場への道のりを歩く。

 私とアルセラの左側にはエスコート役のプロアとラジア君の姿が、その後に私の仲間たちへと続く。


 空はすでに夜の帳に包まれ始めている。東の空がほんのり赤く残っているだけであとは漆黒が覆い始めていた。幸いにして雲はない。月と星とが瞬き、晩夏から初秋にかけての涼しい風が漂っている。村を取り囲む麦畑から流れてきたのだろう、藁と麦のかすかな香りがこの村の気配を醸し出していた。

 会場である精霊神殿前の集会場広場の中を私たちは行く。市民の憩いの場として、そして集いの場として、用いられているその集会場は全面が芝生であり、その中央には赤レンガ造りの舗装路がまっすぐに伸びていた。そしてその先に精霊神殿の建物がそびえ立っている。


 建物としては一階家だが、鋭く切り立った三角屋根が印象的だった。三角屋根のいただきにはフェンデリオルの4大精霊信仰を意味する白い四芒星よんぼうせいが据えられている。


 敷地はとても広く母屋となる礼拝神殿の手前には村の集会所としての広場がある。人々が行き来するレンガ敷きの参道の両脇には丹念に手入れされた芝生が植えられている。さらにその周囲には生垣が植えられていた。

 すでに夕暮れに差し掛かってきた会場は、敷地の至る所に建てられたポール型の数多のランプによって明るく照らし出されていた。

 この見事な会場を仕立ててくれたのは、この祝勝会に賛同してくれた職業傭兵の人達だった。見事なチームワークを発揮して実に素晴らしい祝勝会会場用意してくれたのだ。


 祝勝会本会は立食形式。芝生の上には何箇所にもテーブルが並べられ、料理や飲み物が並んでいる。そして、そこかしこに思い思いに着飾った人々が集まっていた。

 パニエでスカートを膨らませた肩出しドレス姿の村の女性たち。華麗な刺繍縫いが施してあり、肩のショール重ねにオーバースカートと、形や仕立ては各々が似ておりいかにもこの地域の伝統衣装と言うおもむきがある。


 そうかと思えば、ウエストラインが胸元まで上げられた〝ラウンドガウン〟と呼ばれるスタイルの木綿地やシルク地のワンピースドレスもある。腰のあたりを締め上げずゆったりとしたシルエットが特徴的で、コルセットが廃れた地域で定着している装いだった。


 さらには、そのラウンドガウンからさらに変化し、ハイネックの前あわせ形式となり肋骨模様と呼ばれるパイピング飾りやパフ付きボタンが何十も連なったルタンゴトドレス。


 そこからさらに発展、乗馬服風のボディス・ジャケットとスカートとオーバースカートと言う3ピーススタイルドレスと言うのもある。この辺りは中央都市あたりでの流行りが、取り入れられたのだろう。

 これに対して、スカートの膨らみが後ろの方にのみ膨らんだ〝バッスルスタイル〟もある。襟元はハイネックで地肌を見せない。北の隣国ヘルンハイトに近いエリアの地方領で流行っているスタイルだ。 

 さらにこれらの他に、南方のパルフィアから流入してきたと思われる、前あわせ帯締めのころもの装いもちらほら見られた。彩りが華やかで、ドレス姿にはないあでやかさがあった。ここよりさらに南に行った国境線沿いの山間地域の衣装だろう。


 そしてこれからさらに中央都市に近い方になると、明らかにコルセットを用いていないと思われるスリムなシルエットのワンピースドレスとなる。エンパイア・スタイルと呼ばれるナチュラルなシルエットラインのワンピースドレスへと移行する。

 私はかたわらのアルセラに耳打ちする。


「見てあれ」

「えっ? はい」


 あえてスカートを膨らませず、スリムなシルエットを大切にしている。乗馬服から発展したヴィジットと呼ばれるハイネックのジャケットを重ね、頭には小さめのサイズの帽子。明らかに中央首都での服装流行の洗礼を受けたと思われる人たちだ。


「中央首都での流行りよ。あちらに滞在したことのある方ね」

「そうなんですか」

「えぇ、他にも色々とあるけど、気楽な場ではハイネックのドレスは基本ね。覚えておいて損はないわ」

「はい! お姉さま!」


 それはまさにフェンデリオルで定着している流行りのドレスの品評会のごとくだ。まさに百花繚乱だったのだ。


 その時、異国人であるパックさんが尋ねてきた。


「実に多彩ですね。しかし、なぜこれほどまでに違いがあるのでしょう」


 彼らしい素朴な疑問だった。他の国の風俗ならコレほどまでに違いが生まれることは皆無だからだ。

 しかしこれにはもっともな理由があった。私はさり気なく説明する。


「私たちの国、フェンデリオルは、長い長い被支配時代をくぐり抜けてきました。被支配時代の中で、古くからの文化が失われたり散逸したりしました。また外部から様々な文化の流入も進み、伝統文化と混交して行きました。それらが各地域ごとに異なる発展を遂げたことで、これだけ多様な装いの違いが生み出されてきたんです」

「そうですか」


 パックさんは納得したように言う。彼の表情には〝被支配時代〟という言葉が意味深に聞こえていたようだった。


「制圧者は自国の文化や風習を持ち込もうとします。そして被支配者の独自性を否定します」


 そして彼は言う。


「フィッサールが被支配民を制圧し管理する時の常套手段です。トルネデアスも被支配民を奴隷として組み込もうとします。大国というのはいつでもそうなのかも知れません」


 私はその言葉に頷く。


「私たちフェンデリオル人の髪や瞳の色は多種多様ですが、この装いの多様さはそれと同じなんです」


 私のその言葉にアルセラが楽しげに言った


「でも、みんな同じであるより華やかで面白いと思いませんか?」

「えぇ、そうね」


 否定する声は上がらなかったのだった。

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