祝勝会前祭の宴 ~象たちによる至芸~

 そして、舞台での象たちによる芸が始まった。

 ロング丈の襟なしシャツのような南洋大陸の民族衣装を着たホアンたちが柳の枝のムチを手に象たちに指示を出している。

 象も彼らの言葉のニュアンスが分かるのだろう。その巨体に似合わず実に繊細な動きで練り歩いていた。そして難しい指示をたくみに理解して観客たちの方を向いて六頭が横並びで並んだ。

 そしてまた指示を出せば、向かって右側の象から順番にゆっくりとお尻を下ろしていく。


 ホアンが掛け声をかけるとそれに応じるかのように――


「パォッ!」


 6頭同時に甲高い声で短く鳴き声を上げる。

 その次に見せてくれたのは鼻を使った芸。人の頭ほどの大きさの丸い布製の玉を取り出すとそれを一番左の象に渡す。すると象はその長い鼻の先を繊細な手のように使い、差し出された玉をそっと拾い上げると、一頭一頭順番に手渡しするかのように右へ右へと実に息の合ったテンポで運んで行く。右端に行ったら、右端の象が静かに立ち上がり左の方を向く。

 それと同時にホアンの操る一番左の象が右を向いて鼻を掲げた。


「おお?」


 一体何が始まるのかと観客たちがざわめいている。そしてホアンの掛け声があがったその時、


――ヒュオッ!――


 人間がその腕で投げるかのように布製の玉を一気に投げ渡したのだ。


「おおっ!!」


 観客たちが驚き見守る中で4頭の象たちを間で挟んでの玉投げは見事に成功した。受け取った象は体の向きを変えながらそれを実に優しい仕草でホアンへとそっと手渡した。

 次に動いたのは控えていた4頭の象。1頭が前と出ると2頭目も前に出る、すると軽がると上半身を持ち上げて1頭目の背中に前足を乗せる、それから3頭目が2等目の背中に、4頭目が3頭目の背中に、それぞれに前足を乗せて一列につながった。

 それを見た観客が声を漏らす。


「実に繊細な動きをしますなぁ」

「あの巨大で馬鹿力を出すだけかと思えば、人間の腕のように繊細ですな」

「それより、あの頭の良さ。調教師の言葉をよく聞いて理解しておりますわね」

「そこいらの犬より利口かもしれませんわよ」


 そしてある一人が意味深な言葉を口にした。


「それだけ頭が良く繊細な生き物を、無理やり砂漠を越えて連れてきたと言うではありませんか」

「野蛮これに極まれりということですな」

「彼らが救われたのも精霊の思し召しでしょう」


 観客たちが見て取ったのは象の巨体よりも、その繊細な感性と気持ちの優しさの方だった。その仕草のひとつひとつに人間並みの穏やかな心の存在を感じ取ったのだ。

 そして象たちの芸はクライマックスを迎えた。

 ホアンの操る象が前に出て残りの5頭が後ろへと下がる。そして舞台を大きく開けると、その舞台の上をゆっくりと歩き始める。

 その時、象使いの少年の一人が南洋語で何かを話した。それを付き添いの職業傭兵たちが大声で翻訳した。


「皆さん! 手拍子をお願いします!」


 そう告げると自らリズミカルに手を鳴らし始める。観客達もそれに合わせるように手を叩き続けた。その手拍子のリズムに合わせるかのようにホアンがいつも寄り添っていた象のカンドゥラは驚くような動きを見せたのだ。

 象がステップを踏んでいる。まるで人間が踊るかのように。そして先を歩くホアンの後ろをついて行きながらくるくると体を回転させる。人間でも難しいだろうその動きを実に楽しげに象のカンドゥラは踊った。それはまるであの過酷な戦いから救われた事への喜びを表すかのようだった。

 舞台の左端から右端へ踊りきると、今度は左端へと戻って行く。カンドゥラのその動きに合わせるかのように残り5頭の象たちは喜びの鳴き声を次々にあげた。まるで祝福のファンファーレのように。

 そうして全てを演じ終えるとまた一頭一頭順番に舞台袖から出て行くホアンたちも手を振りながら、無事に舞台を終えた喜びを顔に浮かべつつ去っていったのだった。


「なるほどこれでよくわかりました」


 来賓達からまた声がする。


「国境戦闘で象を倒すのではなく救い出すのを優先させたのかを」

「まさしく。あれほどまでに気持ちの優しい獣を無慈悲に殺してしまうのはあまりにもむごい」

「指揮官や部隊長の采配もお有りでしょうが、これはやはり戦場に同席していたと言われる暫定領主様のご意向でしょう」

「慈悲深いお方ですなぁ」

「まさに」


 多少の誤解はあるが、好意的な声が聞こえてくる。とりあえずはアルセラに悪い噂が立つよりは良いだろう。

 そして、象たちと象使いの少年たちは舞台から姿を消したのだった。

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