祝勝会前祭はじまる ~精霊神殿での清めの儀式~

――精霊神殿――


 それは私たちフェンデリオルという民族を語る上で絶対に欠くことのできない重要な施設だった。

 私たちフェンデリオル人は、精霊信仰を旨とする多神教民族だ。風火水地の4大精霊を信仰対象とし万物全てに精霊の存在を認めるというものだ。


 フェンデリオル国内各地に様々な精霊神殿がある。その土地土地で由来のある様々な精霊を祀って信仰を集めている。

 無論それは様々な村や町でも同じだった。

 冠婚葬祭や国事儀式の場として最低必ず一つは建てられている。精霊神殿は私たちフェンデリオル人にとってとても身近な存在であるのだ。


 クラレンス馬車に分乗して一路村の精霊神殿へと向かう。

 村の中心部から南へと向かった方にそれはある。石レンガ作りの白い建物。建物正面には集会所が広がり建物とその広場を使って様々な儀式や催し物が一年を通じて執り行われていた。


 生まれては4大精霊による洗礼を受け、

 長じて15歳になっては成人の儀式を受ける。

 生涯の伴侶を見つけた時は結婚式が行われ、

 我が子の生誕においては洗礼による祝福を受ける。

 老いては長命であることに感謝の儀式を行い、

 死して天に召されては葬送の儀の場となる。


 精霊神殿とはそうした場であったのだ。


 本来であれば神殿には儀仗官と呼ばれる儀式執行の責任者が常駐しているはずなのだが、ワルアイユの場合は御存知の理由で常駐していなかった。なので今回だけはサマイアス候のご配慮でセルネルズ領に赴任している儀仗官の方をお招きしていた。

 彼に活躍していただくのは第1部の冒頭と第2部の本会が始まってからになる。


 第1部は先に話した通り地域の住民たちや、列席している来賓たちの使用人たちなどをねぎらうために催される物だ。

 だから主催や主賓や来賓は、無言のままそれらを観覧するだけに留まる。来賓同士の挨拶なども本会が始まってからだ。

 精霊神殿の集会所の神殿に近い方に舞台が設けられ、その舞台に近い方に観客が芝生の上に腰を下ろす場が設けられる。

 本来の主賓や来賓や主催はその手前側の出入り口に近い方に椅子とテーブルが設けられる。そこのあらかじめ指定された場所に私たちは無言のまま腰を下ろすことになる。

 つまり祝勝会における第一部とは、下々の者たちに対して開かれるものだったのだ。


 私たちがたどり着けば、来賓席はまだまだ空きがあった。こういう場合主催は先んじて会場に辿り着くのがセオリーだ。

 指定された場所に速やかに着座すると他の来賓の到着と催し物の始まりをじっと待つ。

 ほどなくして他の来賓たちも続々と集まってくる。

 セルネルズ家は当然として、ロンブルアッシュ家、モーハイズ家、ワイアット家、その他様々な近隣領地の方々や、土地土地の名士たちが次々に訪れて着座していく。

 その際言葉による挨拶は交わさない。黙礼のみして着座していく。

 そしてそれから程なくして催し物が始まる。祝勝会第1部の幕開けだった。


 まずは精霊神殿の儀仗官による祝福の儀式。

 純白のキャソックを見つけた儀仗官が現れると、4大精霊に感謝する祝詞が唱えられる。

 さらに、祝福を象徴する香が炊かれた振り下げ式の香炉を手にして儀仗官が会場を練り歩く。

 この間、私たちは手を合わせて祈りながら俯いて4大精霊と神に感謝を捧げる。

 

 儀仗官による場の清めが終わると再び祝福の言葉を残して儀仗官が立ち去って始まりの儀式は終わる。


 そしていよいよ催し物の始まりだった。

 催し物は4点、

 まずはサマイアス候が招いた、軽業師と手妻師による舞台演技。集団で活動しているらしく数人規模の楽団も控えている。

 華やかな演奏が行われる中で、アクロバットやジャグリングと言った人目を引く芸が繰り広げられる。感嘆の声と拍手が鳴り響く中、軽業師の芸は終わる。

 そしてそれに続いて手妻師、コート姿の男性が現れ何もない手のひらからカードを出したり、花を出したり、純白の小鳥を出して飛ばして見せたりする。さらに箱や袋を使った大仕掛けの入れ替わりの芸で会場を沸かせてくれる。

 元々、市民の娯楽に乏しいこの時代、こういう催し物は何より人々を沸かせてくれる。

 そして、前座の二人が終わった後でいよいよメインの演目の登場となった。 


 演技の舞台から人が引いていく。そしてその後、現れたのは私たちがトルネデアスの軍勢から救い出した象使いの少年たちと、彼らの命の次に大切にしていた可愛らしい5頭の象たち。

 その少年たちと行動を共にしているのは、あの国境戦闘で右翼後衛の高機動部隊で活躍していた職業傭兵の人達だった。おそらくは南洋語しか話せない少年たちの通訳を買って出たに違いなかった。

 舞台袖の向かって右側に生垣が切れた場所がある。その先の方に象たちが控えている広場があった。

 そこからホアンたち象使いの少年たちに導かれて6頭の巨大な体躯の象たちが悠々と歩いてきた。今はまだ日中、日の光に照らされて象の巨体は圧倒的な迫力に満ちていた。

 象たちが練り歩くだけでも、


「おおぉ」


――と、観客から歓声が上がる。遠くから眺めていても象たちの表情が穏やかそうに見えるのは気のせいだろうか?

 来賓席のそこかしこから囁き声が聞こえる。


「あれですか、件の国境戦闘で鹵獲された生き物というのは」

「なんという巨大な。踏まれたらひとたまりもありませんな」

「話によると大変臆病な生き物だとか」

「すぐに恐怖に怯えて暴れるので戦闘には向かないと聞きました」

「それを無理やり連れてきたわけですか」

「かわいそうに」

「砂モグラのやることわかりませんなぁ」


 そんな風に会話が進む傍で、舞台では象たちによるユーモラスな芸が繰り広げられようとしていた。

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