ホタル、ルストとアルセラに語る ~かくてメルト村に来訪者現る~

 私よりも背が低く穏やかで線の細い印象ながら、その異国仕込みの物腰と美しさは、彼女の奏でる繊細な曲と相まって彼女の旅芸人としての評判を確固たるものにしていた。

 彼女の傍には仕事道具の楽器が入った背負い行李があったが侍女が二人ほど現れて荷物として預かってくれた。

 そして私たちは応接室へと場所を移した。

 侍女の人たちが用意した黒茶と砂糖菓子を味わいながら私たちは対話を始めた。会話を切り出したのはまずは私からだ。


「それにしても、よくここに来たわね」


 ホタルが落ち着いた声で答える。


「あぁ、それかい? もともとね西方周辺をあちこち歩ってたんだよ。ルストがブレンデッドの街を出発してからすぐにね」

「一人で?」

「いいや? マオも一緒さ。あたしの楽器とマオの薬の行商、小銭を稼ぎながらフラフラと歩いていたのさ。でも、あんたが出発してから風の噂にこのワルアイユの里がどえらいことになってるって聞いたんで、行ってみようってことになったのさ」


 私とホタルの会話を皆がじっと聴き入っている。ホタルはそれに遠慮せずになおも続ける。


「噂っていうのはアテになるようでならないもんでさ、やれトルネデアスが国境線を越えて暴れまわってるだの、ワルアイユ一帯が山火事になって焼け落ちただの、謀反の証拠が挙げられて討伐対象になっただの、どっからどこまでが本当でどこからがガセなのか怪しい話ばっかり。でもその中で一つこれは間違いないって言う噂を聞きつけたんだ」


 ホタルの語る言葉にアルセラが興味深げに問いかけてくる。


「その噂とは?」

「それはね『ワルアイユがいよいよアルガルドに乗っ取られかけている。その事件にブレンデッドからやってきた傭兵たちが巻き込まれている』って言うものだったんだ」


 そう語りつつ黒茶の入ったカップを傾けながらホタルの言葉は続いた。


「私の知ってる限り、ブレンデッドからこのワルアイユに乗り込んでいった傭兵といえばルストたちしか知らなかったからね、それでいてもたってもいられなくなって駆けつけたんだ」


 そこでホタルは話題の顔をじっと見つめながらこう続けたのだ。


「ルスト、あんたは自分で気づいちゃいないけど、逆境とどん底に追い詰められてからがすごいんだよ。絶対に諦めないし、食いついてでも勝利と成果をもぎ取ってくる。そんなあんたが今回の事件に深く首を突っ込んだとなれば、絶対に何かやらかしてくれると思わずにはいられないだろう?」


 そして彼女の視線が私へと向けられた。


「あんたなら絶対『勝利をもぎ取る』ってね」 


 その視線と言葉は親友である私への何よりも強い信頼そのものだったのだ。


「ホタル――」

「まぁ、半分くらいは勘だけどね」

「そう言うと思った。ホタルらしいといえばらしいけどね」


 私の言葉にホタルは笑みを浮かべる。


「そんなわけでさ、あんたが勝てばあの悪名高いアルガルドの問題も解決するし、勝利を祝う宴も開かれるだろうと思ったんだ」


 そしてアルセラが尋ねた。


「それでこのワルアイユにいらっしゃったんですね」

「ええ」


 ホタルはアルセラに笑顔を向けながら言った。


「宴、催し物、祝宴、弔事、歌を必要とする場を探し当てて姿を現すのが歌芸人の仕事ですから」


 そうだ、彼女はそうやって世界中を巡ってきたのだ。

 そして私はホタルに尋ねる。


「そういえばマオは?」

「マオなら村を見て回るってさ。そこは商売人の勘ってやつだよ。これだけ色々な人が集まってるんだ。何かしら大口の美味しい話でもあるはずだって」


 予想された通りの答えが返ってきた。ならば後は二人が今夜泊る宿について聞いておいた方がいいだろう。


「そういえば泊まる所はあてはあるの?」

「いいや? これから探す予定さ」


 私とホタルの会話を聞いていたアルセラが提案をしてきた。


「それでしたら、私どもがご用意いたします。これも何かのご縁ですので」

「そうしていただけると助かります」

「では早速」


 そのやり取りののちに呼び出されたオルデアさんに二人分の泊まり場を用意させる。幸いにして臨時の旅人宿代わりに解放したワルアイユ家の別宅に空きがあるそうで二人はそこに泊めてもらうことになったのだ。

 そのあとホタルは、執事のオルデアさんに相談して祝勝会会場近くに控え室となる民家を借りるとそちらへと向かった。

 第1部の前祭の出演に備えるためだ。


「それじゃあ先に行ってるよ」


 そう一言残してホタルは会場へと向かったのだった。



 †     †     †



 その後時間まで政務館にて待機していたが、その間にも様々な人間たちがアルセラ達の元へと姿を現した。

 その中にはアルセラたちが待ち望んでいたものもあった。すなわち、農作物の公証買い付け人と、地方領地ではつきものの巡回医師だ。この二人がいなければ領地運営はどうにもならないのだ。


「失礼! お休みのところお邪魔して申し訳ない」


 初老のややしわがれた声、それでいて抑揚のある陽気そうな声だった。


「こちらの領地のご領主様が、まだこちらにおいでだとお聞きしましたので!」


 現れた二人は中肉中背の商人風の姿の初老の男性。さらにもう一人ががっしりした体つきの背の高い中年男性だった。

 挨拶の名乗りを上げていたのは初老の商人風の男性の方だ。ダブレットと呼ばれる詰め物入り布地の長袖服にジャーキンと言う前開きの上着を重ねていた。丸いフェルト帽を被っていたがそれを脱ぎながら自ら名乗り始めた。


「お久しぶりです。毎年、農作物の交渉買い付け人をしているスパニア・バンズです。例年より遅くはなりましたが、アルガルドとワルアイユとの争乱の解決を耳にしまして急ぎ駆け付けた次第です」


 農作物交渉買い付け人、農作物の育成状況を確かめて収穫よりも前に買付契約を結ぶ交渉人の事だ。フェンデリオルでは当たり前に見られる存在だった。

 彼の姿にオルデアさんも見覚えがあったのだろう。すぐに立ち上がり彼の元へ駆けつけた。当然のようにもう一人の男性にも見覚えがあった。


「ご無沙汰しておりました。巡回医師のコルダです。噂を聞きつけこちらに駆けつけました」

「おお、これは、スパニア様、コルダ様、久方ぶりです。ご健勝そうで何より」


 オルデアさんの労いの言葉に対して二人は詫びを口にする。スパニアさんが言う。


「いえいえ、件の噂にものぼっていたアルガルドの事があったとはいえワルアイユから距離を置くと言うあってはならない不義理を働いてしまいました」


 さらにはコルダさんも言った、


「この村の人たちにはかなりのご迷惑をかけてしまいました。これからはまた以前のように立ち寄らせていただきたいと思います」

「それはありがたい。これからもまたよろしくお願いいたします」


 買い付け人と巡回医師、いずれも辺境領地の運営には欠かせない存在だった。彼らとも言葉を交わして挨拶をする。その後に彼がとの交渉ややり取りはメルゼム村長へとお願いをした。私たちが相手をするよりも村長さんの方が彼らとのやり取りは慣れているはずだからだ。


「しかしこれで、懸案が二つ減ったわね」


 私の言葉にアルセラは頷いた。


「はい。農作物の買い付けと医師の問題は長年にわたって頭の痛い問題でしたから。でもこれでまた一つ、領民達が安心して暮らせることとなります」


 これもまた今回の激しい戦いの後に勝ち得た成果であるのだった。

 その後に私たちはひたすら時間を待った。 

 そしていよいよ時計の針が3時を過ぎた。


「始まった」


 私はそう言葉を漏らす。

 祝勝会の前祭は開催の言葉のようなものがあるわけではない。三々五々に人々が集まり、語らい合い交流し、主催が用意した催し物見て楽しみに興じるのだ。

 3時半からホアンたちによる象の芸と、ホアンによる演奏が始まる。他にもサマイアス候がまねきよせた軽業師や手妻師(手品師)も登場する。

 これだけ出演者がいれば時間は十分に持つだろう。

 私たちはそれらの催し物を会場に設けられた主賓席・来賓席にてアルセラとともに観覧することになるのだ。

 執事のオルデアさんが告げる。


「では皆様、ご準備ください。会場へと参ります」


 その言葉に皆に緊張が走った。その緊張を和らげたのはアルセラだ。


「皆様、ご準備を」


 そう凛とした声で高らかに告げる。そして女性陣はエスコート役を伴いながら政務館の外へと出て行く。然る後に馬車に分譲し、会場へと向かったのだった。

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