第3話:祝勝会本会

旅芸人ホタル、ワルアイユへ現る

 政務館の中で祝勝会のはじまりのときをじっと待っている。

 2階の執務室にて私は待機していた。

 ワルアイユ家の侍女の人たちが用意してくれた黒茶の入ったカップを傾けながら時間を確かめる。部屋の片隅には立派な柱時計が設置されていた。

 

「1時半か」


 確か先ほど執事のオルデアさんに午後からの予定を教えられたが3時から第1部が始まるという。私が主賓として参加するのは夕方6時から始まる第2部。第1部と第2部とでは主旨が違う。

 そんなことを考えていたちょうどその時、執務室のドアがノックされる。


「どうぞ」


 私が答えればドアが開いてアルセラが姿を現した。


「お姉さま」

「あらアルセラ、どうしたの?」

「少し時間が空いたのでご様子を伺おうと思いまして」

「そうなの。いらっしゃい」

「はい」


 祝勝会の準備が始まってからアルセラは動き通しに動いていた。来賓も引きも切らず、開催準備の相談も矢継ぎ早に寄せられる。ゆっくり腰を落ち着けてお茶を飲む暇もないというのが実情だろう。

 でも、わずかでも時間が空いたのなら体と心を落ち着ける余裕があってもいいはずだ。

 アルセラが入室するのとほぼ同時に侍女の1人が黒茶の入れられたカップをトレーにのせて入ってくる。そのカップとともに、私とアルセラ、2人分のお茶菓子をテーブルに置いていく。

 用意されたのは粉砂糖のふんだんにかけられたリーフパイ。おそらくは焼きたてだろう。

 私とアルセラ、二人で膝を突き合わせながらお茶を傾け始めた。

 私は彼女に問う。


「今回の祝勝会は1部と2部とに分かれてたわよね?」

「はい。第1部が〝前祭〟第2部が〝本会〟になります」

「普通は規模を縮小して第2部の本会のみでの開催にするんだけど、今回はとにかく規模を立派に行わないといけないからどうしても前祭は必要になるのよね」

「そうですわね。祝勝会の本会に参加できない地元の人々や、領主に随伴しておいでくださった使用人の方たちに向けて催されるのが祝勝会の前祭だとお聞きしました」


 つまり、祝勝会を開催することで負担がかかるであろう地元の人々や、多方面の使用人たちに対して労いの意味も込めて開かれるのが前祭なのだ。


「だから前祭は華やかな催し物が必要になると言われているのよね」

「はい。でもそれは大丈夫だと思います」

「そうね。ホアンくんたち、随分張り切ってたわよね」

「はい! 彼も『僕たちはもともとこれが本業だから』って言ってました」


 西方の国境戦闘で敵軍から救い出した象使いの少年たち。彼らはもともと巨大な生き物である象たちに芸や力仕事をさせることを生業としていたらしい。

 今回の祝勝会を開催するにあたって観衆や来賓たちをもてなし楽しませる余興のようなものが必要ということになった。それを聞きつけたホアンたちが自ら名乗り出てくれたのだ。

 あの地獄の戦場から助け出してくれたこと、ゾウたちの命を救ってくれたことのそれぞれ礼としてだ。

 昨日から荷物運びの仕事の合間を縫って、象たちに芸をさせる準備と練習を行なっていた。


「前祭での一番の見ものになるわよ、きっと!」

「ええ、私もそう思いますわ」


 私たちがそんなふうに語り合っていた時だった。部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 私は声を返せば扉は開きそこから顔を出したのは執事のオルデアさんについて共に行動をしている男性使用人の一人だった。


「ご領主様、エルスト様、執事様がお呼びです」

「あら? 何かしら?」

「エルスト様にお客様がお見えなのですが、ご領主様にもご用事があるとのことです」

「わかりました。すぐに行くと伝えてください」

「承知いたしました」


 使用人の彼はそう言葉を残して速やかに去って行った。私はアルセラに問いかける。


「誰かしら?」

「わかりません。ですがすぐに行ってみましょう 」


 そう言葉を交し合いながら立ち上がり部屋から出て行く。そして一階へと降りていったのだった。


 1階のエントランスホールへと降りて行く。そしてそこに私が見たのは、旧知の人物だった。

 赤と白を重ねた前合わせの衣に、華麗な薄水色の羅紗の羽織を体にかけている。普段は暗褐色の長羽織を身に着けているのだが、これは舞台衣装なのだろう。髪型は長い黒髪を後頭部で丸く結い上げている。それを朱色の飾り紐で結び、花かんざしをあしらっている。私の親友にしてブレンデッド随一の腕の旅芸人だ。

 あちこちを流れ歩く旅芸人らしく、演目を演奏するための楽器を締まった背負い行李を背負っていたが、それを横倒しにして足元に置いた。


 オダ・ホタル――

 彼女の奏でる弦楽器の音は何度も耳にしていた。


「やあ」


 屈託もなくあっさりと彼女は言う。その唐突な登場に皆が戸惑いつつ視線を向けている。だが彼女はそんな空気をものともせずに、さり気ない笑顔を浮かべるとこう告げた。


「ホタル?!」


 私はその人物の名前を口にする。驚きをもって、そして素直に喜びを表しながら。


「いらっしゃい。よく来たわね」


 私が歓迎の言葉を口にすれば彼女もまた素直な驚きと喜びを口にした。


「アルガルドが討たれて、祝勝会が催されると聞いてね。急いで駆けつけたんだ」

「ありがとう! でもあなたが来てくれたということは」

「もちろんだよ。余興で1曲弾かせてもらいたくてさ」

「ええ、大歓迎よ」


 久しぶりの再会に私と彼女で語らい合うと、彼女のことをアルセラに紹介した。


「アルセラ、紹介するわね。私の住んでいたブレンデッドの街で旅芸人をしているオダ・ホタルさん。私の友人なの」

「よろしく」


 私の紹介に合わせてホタルは自ら名乗った。それに返すようにアルセラが答える。


「よろしくお願いいたします。ワルアイユにて領主を務めさせて頂いておりますアルセラ・ミラ・ワルアイユと申します。遠路はるばるようこそおいでくださいました」


 そう言いながら歓迎の意思として、アルセラは自らの右手を差し出す。それにホタルも右手を差し出して例を述べる。


「ご丁寧にありがとうございます」


 そしてホタルは早速とばかりに切り出した。


「それで今日こちらにて催されると言う祝勝会にて、曲を弾く機会を頂きたいのですが?」


 ホタルがそう求めればアルセラはにこやかに微笑みながらそれを受け入れた。


「もちろんです。大歓迎ですわ。幸い今日の3時から第1部が始まります。第1部にて前祭が執り行われます。その席で是非にお願い致します」

「ありがとうございます。誠心誠意、盛り上げさせていただきます」


 ホタルがそう述べればアルセラは再び告げた。


「では、詳しい予定や、演奏の報酬の方については私どもの執事とお話しさせていただきます」

「承知いたしました」


 そう、やり取りをして簡単な契約が結ばれる。ホタルはいつもこんな風に演奏の仕事を見つけてくるのだ。

 一通りのやり取りが終わったことで後は私たちの世話話へとうつった。

 アルセラがホタルに対して礼儀を持って誘う。


「立ち話もなんですから別室でお茶でもいかがでしょうか?」


 その申し出にホタルはにこやかに微笑みながら答えた。


「よろこんでお受けいたしますわ」

 

 そう語るホタルとの再会は何よりも嬉しいものだったのだ。

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