ルストの耳に戦いの残響は残る ~ひとときの休息~
だが私はそれをやんわりと否定した。
「いいえそれは違います」
私は今回の戦いへの自らの思いをサマイアス候へと語った。
「あれは私一人の才覚で掴んだ勝利ではありません。私の仲間やご領主アルセラ様、メルト村の人々や、参集してくださった正規軍や職業傭兵の皆様方と一致団結して掴んだものです。私はその彼らの意思を汲み取り一つの方向を指し示しただけに過ぎません」
そして私は言った。
「戦いは一人ではできないのですから」
サマイアス候は私の言葉にさも感心したかのようだった。
「けだし名言ですな」
「ありがとうございます」
だが彼はそこで状況を察してこう切り出してきた。
「積もる話もありますが今は戦いを終えたばかりだ。昼食もまだなのでしょう。食事の用意をさせます。人心地ついてからあらためてご歓談させていただきたい」
妥当な申し出だった。私以外の者たちは昼食後にそのまま休憩が妥当だろう。私はあの戦いで役目を負った者の責任としてサマイアス候との歓談に応じるべきだろう。
「お申し出、ありがたく受けさせていただきます」
「かたじけない。では早速」
そして彼はアルセラに促した。
「アルセラ候」
「はい! オルデア」
「はい、ご領主様」
アルセラを介してオルデアさんに指示が出される。男性使用人と思しき人が現れて私たちの荷物を受け取ってくれる。そして、アルセラの采配のもとで然るべき場所に保管すると会食のための広間へと招かれた。それかえら精一杯のもてなしによる昼食となったのだった。
出された食事は、牛乳とバターとハーブを効かせた『ロヒケイット』と呼ばれる濃厚なスープ、具材にじゃがいもと川鮭の切り身が入れてあった。それに腸詰めのソテーに、ワルアイユ特産の白パン、これに度数の低いエール酒で喉を潤す。
さすがにこの数日間、野営用の即席料理が主だったということもあって、手のかかった丁寧な料理は何よりも嬉しかった。
しっかりと腹を満たした後に、私は部隊の皆に今後のことを告げた。
「今日は夕食の時間まで自由行動とします。休息を取るもよし、村の中を見て回るもよし、個人の自由です。ですが皆も知っている通りの事情が控えています。明日以降はまた多忙になるのでくれぐれも疲れを残さないようにしてください」
私がそう言い終えると、アルセラが私たちを気遣うように言った。
「査察部隊の皆様方もお疲れでらっしゃると思います。今は体をお休めになられてください」
エライアの言葉に合わせるように執事のオルデアと侍女長のノリアさんが進み出てくる。そして、オルデアさんが言った。
「皆様方にも滞在用にお部屋をご用意させていただきました。この建物とは別になりますがすぐ近くです。ご案内いたしましょう」
そして私は言った。
「夕暮れにここでまた集まりましょう」
「了解」
「了解です」
各自から声が帰ってきた後にダルムさんがけだるげに言う。
「流石に疲れた。ゆっくり休まさせてもらうぜ」
さらにドルスがさり気なく言う。
「じゃあまた後でな」
先の見えない戦い。予想外の激戦、想定を超えた大規模戦、そして、限界を超えた死闘――
連戦に次ぐ連戦を越えてやっと訪れた完全休息の時。皆も余計な言葉を漏らす余地はもう残っていなかったのだ。
私も流石に疲労が溜まっていた。部隊員の皆が姿を消したことで緊張の糸が切れたのだろう、
――フラッ――
思わずその場でよろめきそうになる。
「あっ!」
アルセラが声を上げ、傍らに居たノリアさんが私を受け止めてくれた。
「あっ、すいません」
「大丈夫ですか?」
「はい」
しっかりと姿勢を直して立ち上がるが、居合わせたサマイアス候が言った。
「流石に限界ですな。お疲れのご様子だ。話し合いをする前にご休息なされたほうがいい」
自分でも限界まで気を張っていたのだろう。立て続けの戦闘の後、メルト村に帰還し、充実した食事を取り、仲間たちに休息と解散を命じた事で、気持ちの糸が切れたのだった。
「申し訳ありません。今はそうさせていただきます」
私の言葉にアルセラが言う。
「では、ノリア、ルストさんをお部屋へ」
侍女長のノリアさんが答える。
「はい、それではご案内いたします。さ、こちらへ」
私の肩掛けの背嚢と腰に下げていた武器一式は侍女の人たちが持っていてくれた。
ノリアさんに案内されて2階へとあがり私のために用意されたゲストルームへと向かう。そこは建物の裏手の側の部屋であり外の喧騒が一番届きにくい場所だった。そこにアルセラの私への配慮があるように思った。
ブーツと装備を外し、外套とボレロジャケットを脱ぐ。さらにその下のロングのスカートジャケットも脱いで、ブラウスシャツとレギンスも外す。
少しはしたないが下着姿になるとベッドへと潜り込んだ。
その傍ら、ノリアさんは私の荷物や武器を部屋の隅のクローゼットの中へと仕舞うと、私の脱いだ衣類を集める。
「お召し物はこちらで綺麗にさせていただきます」
「もうしわけありません。よろしくおねがいします」
「それではごゆっくりお休みください」
手早く丁寧に脱衣をたたむとそれを小胸に抱えて部屋から出ていく。
「失礼いたします」
いかにも熟達したベテランの侍女らしい手際に感心しつつ彼女を見送るとあとには静かな部屋の中に1人きりだった。
私の耳の中には、まだ、これまでの数日間のうちに流れた怒涛のような日々が残響を残していた。
多くの人と逢った。
沢山の敵と戦った。
山程の困難を乗り越えた。
数多の命が失われた。
そして、
悲劇の運命から救われた人たちが居た。
なにはともあれ大きな戦いは終わった。まだこれから解決しなければならないことがあるが、それは次の課題だ。
寝具の中の暖かさが、体の疲れを癒やしてくれる。体中の心地よい疲労を感じながら言葉が漏れる。
「やっと終わった――」
無意識のうちからポツリとそうもらしたのと同時に私の意識は眠りの中へと落ちていった。
そう、やっと一つの戦いが終わったのだ。
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