ルスト隊長とサマイアス候、対談す

 それからどれだけ眠りに落ちていただろうか。再び目を覚ました時には窓の外はまだ日中の明るさのままだった。


「ん……」


 十分に休みを取れたと言う満足感の中で私は目を覚ますとゆっくりと体を伸ばす。


「ふんっ!」


 そしてその後で体を緩める。


「ふぅ」


 そして部屋の中を一瞥するが、休憩前にノリアさんに預けた傭兵装束はすでに綺麗になってベッドサイドの衣装掛けに吊るされていた。


「外の明るさから言って、夕方直前ってところかしら?」

  

 レギンスやブラウスシャツはベッドサイドのテーブルの上にある。

 私はそれを手にとると自らの体につけていく。

 衣装一式を着終えると、姿見の鏡に自分の体を映す。

 鏡の中の顔をチェックして疲れを残していないのを確かめると、手櫛で軽く髪型を整えて襟元を正してゲストルームを後にした。


 階下のエントランスホールへと降りていくと、侍女の一人に会う。


「ルスト隊長、お目覚めになられましたか?」

「ええ。十分休ませていただいたわ」

「ルスト隊長がお目覚めになられたら、応接室にご案内するように仰せつかっております」

「分かったわ」

「はい。では、こちらへどうぞ」


 そんなやり取りの後に私は一階の応接室へと案内された。

 ソファーのテーブルのセットがあり、その中の一つを選んで腰をかける。そして侍女の彼女が言った。


「ただいま、サマイアス候をお呼び致しますので少々お待ちください」


 そう述べて頭を丁寧に下げて部屋から出て行けば、サマイアス候が現れたのはそのすぐ後だった。


「やあ、待たせてすまんね」

「サマイアス候」


 私は礼儀を失してはいけないと立ち上がろうとする。だが候はそれを制止した。


「かまわん。座ったままで結構。早速話をさせてくれ」

「ご配慮ありがとうございます」

「では」


 そんなやり取りをしながら私たちの対話は始まった。


「あらためて名乗らせてもらおう。サマイアス・ハウ・セルネルズだ」

「エルスト・ターナーです。よろしくお願いいたします」


 挨拶を交わしてから候は私に言う。


「単刀直入に言おう、君の正体についてはアルセラから内密で聞き及んでいる」

「えっ?」


 驚きと戸惑いを顔にあらわにする私に彼は言った。


「これでも口は硬い方でね、みだりに口外しても何の益もないことはわかっている。周囲に流布するつもりもないので安心してくれたまえ」


 そう言うのなら、今は彼の言葉を信じるしかないだろう。


「ご配慮ありがとうございます」


 私がそう答えると彼の言葉は続いた。


「改めて聞くが、君は今回のこの祝勝会の意味をどう思うかね?」


 その問いかけに私は神妙な面持ちで答える。


「もちろんただの祝賀行事だと思っていません」


 私は自らの頭で考えていた推測を口にした。


「アルセラを後継者として認めるか否か? その見極めが必要になったのですね?」

「その通りだ。大変残念だがな」

「やはり……」


 それは私が一番危惧していたことだった。

 アルガルドがワルアイユへの謀略の一環として、アルセラの育成を妨害していたのは記憶に新しい。


「ここだけの話、アルセラが今回の争乱で領主としての責任を立派に果たしたとはいえ、それ以前の経歴における実績が何も明確になっていません」


 私は自らが張り詰めた表情をしているのを感じながら言葉を続けた。


「通常であれば、早期の段階から領主補佐や領主代行を務めさせて経験を積ませているはずなのです。ですが彼女にはそれがない。それゆえに政府筋も彼女をいかに扱うか? 決めあぐねているというのが実情なのでしょう」

「君の言う通りだ。今のところ役人どもはあまりいい顔をしていないな」

「やはり――」


 私思わずため息をついた。原理原則や建前を重視するのは役人たちの常だからだ。絶対に政府を利用する側の人々の思惑どおりに動かない。それが役人というものだ。

 それにもう一つ不安要素がある。


「それに加えてワルアイユはいかなる上級候族とも後ろ盾として繋がりを持たない〝独立系〟の地方領主です。強力な上級候族の存在を後押しとして活用することもできない」


 普通ならば名前の大きい上級候族が介在している場合、彼らが後押しとなって領主就任後の責任について担保してくれる。場合によっては代官を派遣して補佐することも可能だ。だが独立系の領主はそれができない。だからこそ次世代の領主の育成が重要になるのだ。

 だがアルセラはそうはいかなかった。彼女は孤立無援の状態なのだ。私は言う。


「政府筋からのアルセラに対する評価は事実上白紙に近い状態だと思っていいでしょう」

「そこまでご存知でしたか」

「ええ、これでも候族社会の裏側はよく存じておりますので」

「なるほど。その通りですな」


 候は私の言葉に頷いていた。彼は続ける。


「あなたのおっしゃる通りに、現状ではアルセラに対する評価は政府筋はもとより、周辺の候族界隈でもあまり芳しくはありません。これで領主就任が頓挫することになりワルアイユが取り潰しとなったならば、今までの関係を清算し支援の一切を引き上げるとまで口にしている者もいます」

「やっぱり」


 これも予想されたことだ。領地と領主と言う地位があってこそ得られる人間関係もあるのだ。

 私は思わず自らの顔を両手で覆った。


「なんてこと――」


 これでは一体なんのためにリスクを犯してまでワルアイユのために戦ったのか分からないではないか。


「それにです」


 サマイアス候は言う。


「万が一、政府直轄地や正規軍管理地などにされたら最悪です」


 わたしはその言葉に思わず恐怖した。

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