領主政務館への帰着 ~アルセラとの再開と、サマイアス候との出会い~

 そこはメルト村の中心地にある〝領主政務館〟

 アルセラや村長さんたちと語り合い、そして、アルセラが自らの運命と向き合い、村人たちの命をかけて戦った場所だった。

 私はてっきり戦いの跡がその爪痕を残していると思っていたのだったが現実は違った。


「見て」


 私は皆に言う。


「窓ガラスが新しくなってる。ガラスだけじゃなくて窓枠も新品、いつのまに直したのかしら?」


 アルセラが三重円環の銀蛍の力を借りて戦った際に、敵を派手に吹き飛ばしたことで窓ガラスが割れていたはずだった。

 傍らでドルスが訊ねてくる。


「どういうことだ?」

「いえね、アルセラが自分自ら戦ったのよ」

「アルセラが?!」

「えぇ、ワルアイユ家に代々伝わる精術武具を使いこなして使用人たちや村の人達を暗殺者たちから守ったのよ」


 その言葉にバロンさんが言う。


「領主の覚悟ゆえですね」

「そうね、彼女も領主として立派に成長したわ」

「ああそうだな」


 ドルスは感心するように言ったが、彼の言葉は続いた。


「でも跡形もねえな」

「そうなのよ。ずいぶん早いと思って」


 今の時代、ガラスの大量生産は当たり前になっているが、窓ガラス用の大きな板ガラスは高級品であり、何より運搬に大変な手間がかかる。そのため中央首都の大きな邸宅でも窓ガラスの修理は時間がかかるのが当たり前になっている。

 それがこの短期間でここまできれいになっているのは理由がある。


「つまり、お金と手間をかけて急がせてでも直さなければいけない理由があるのよ」


 私の言葉に皆が頷いていた。ゴアズさんが言う。


「祝勝会のために――ですか」


 私は無言で頷いた。声にして肯定していけない気がした。

 その建物の扉を開けて中へと足を踏み入れる。そこで待っていたのは見知った顔だった。


「どちらさま――、これはルスト隊長?!」


 政務館のエントランスにて来訪者の気配を感じて待っていたのは、アルセラとともに歩んできた忠実な執事であるオルデアさんだった。私は挨拶を述べる。

 

「執事長! ルスト以下7名、全員無事帰参しました!」


 その言葉が館内に響き、オルデアさんは直立で姿勢を正すと一礼して返してきた。 


「任務、ご苦労さまです。無事のご帰還を心からお慶び申し上げます」


 彼の嬉しそうな声が響く。政務館にはワルアイユ家に仕える侍女の人たちもいる。オルデアさんの声を聞きつけてまたたく間に集まってくる。


「おかえりなさいませ!」

「任務、ご苦労さまです!」


 それぞれからかけられる声の中、一人が2階へと向かう。おそらくはあの子のもとだろう。


「お嬢様! 査察部隊の皆様がお戻りになられました!」


 その声が響いた後、2階の何処かの扉が開く音がする。足音が奥階段から降りてくる。そして1階奥の通路から姿を表したのは――


「アルセラ!」

「ルスト隊長! おかえりなさいませ!」


 この戦いで大きく成長をした少女、このワルアイユの新領主となったアルセラだった。

 服装はワルアイユの本邸を出たときのキュロットスカートとクロップドトップス姿のままで、肩にはフィシューと言う三角形のストールを重ねていた。足に履いたローファーの革靴を鳴らしながら駆けてくる。

 

「ルストお姉さま!」


 アルセラは相好を崩してはにかみながら私に駆け寄ってくる。私はそれを全身で受け止めながら言う。

 

「ただいま!」

「はい! 無事のご帰還、ご苦労様です。おかえりなさいませ!」


 それはまるで歳の近い妹のようで、離れて暮らしていた姉が帰ってきたかのような振る舞いだった。アルセラは喜びを隠さぬままに告げる。

  

「お姉さまや皆様の任務の首尾についてはすでにプロア様から聞き及んでおります」


 プロアはどうやら無事に任務を果たしてくれたようだ。だがその彼の姿が見えない。


「そうなの。でも本人はどこに?」


 私が問えばオルデアさんが言う。

 

「プロア様はいまお休みでらっしゃいます。メルト村と多方面との間で飛び回ってくださいましたので」

「伝令役ですね? その予定は本人の口から聞き及んでいます」

「はい、国境防衛が成功したこともあり、正規軍の方からも依頼もありまして動き詰めでした。先程、ようやくお戻りになられたところです」

「そうですか。では、彼とは後ほど改めて会うことにしますね」


 私たちがそんな風に言葉をかわしていたときだった。政務館の奥から新たに現れた人影があった。

 フェンデリオル人としては標準的な白い肌に金色の髪に少し赤みがかっている。短めにオールバックに綺麗にまとめられ、ルダンゴトコートに襟元には白いクラバットと言う出で立ちだった。

 彼の顔や姿は初めて見る。だが、その佇まいにはこのワルアイユとの繋がりのようなものが感じられる。

 侯族男性として標準的な装いの壮年のその人物に、私は相応の礼儀を持って毅然とした姿勢で向かい合う。だが、私が声を発するよりも前に彼は自ら名乗り出た。

 

「失礼、西方国境戦の指揮をお執りになられたルスト隊長とお見受けするが?」

「いかにも、私がエルスト・ターナー2級傭兵です」


 私が礼節をもって名乗り返せば彼も自ら進み出てその名を名乗った。


「名乗り遅れて申し訳ない。私はワルアイユの隣接領地であるセルネルズ家の当主を務めているサマイアス・ハウ・セルネルズと申します」


 そう名乗りながら自ら右手を差し出してくる。その所作に迷いや慇懃無礼なところはなく極自然でいかにも常識をわきまえた侯族紳士と言った印象だった。当然、敵意は見えず、アルセラの味方だと見ていいだろう。

 

「こちらこそ不躾な対応で申し訳ありません。丁寧なご挨拶痛み入ります」


 そう答えつつ握手を返す。握手を終えても会話はつづいいた。

 

「サマイアス候もワルアイユの祝勝会にご参加なされるのですか?」


 私が事前に入手した情報から導き出した答えを口にすれば、彼は少し驚いたようだった。


「いつそれをお知りになられたのですか?」

「アルガルド領からこちらへと帰参する途中です。街道筋に正規軍兵の歩哨があまりに目立つのでお聞きしたんです」

「それで聞き及んだと」

「はい」


 私の言葉に彼は感心したようだった。

 

「さすがルスト隊長、この度の国境動乱であれだけの武功を上げただけはある」


 その言葉が彼の私への評価を物語っているかのようだった。

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