メルト村帰着する ~リゾノとの再開~

 馬に揺られながら私たちは村境へと足を踏み入れる。

 馬の上では横座りで騎乗している。いているつもりではないのだが気持ちはどこか焦りを感じていた。

 今は夏も終わりに差し掛かり、高原地帯のワルアイユではすでに秋のよそおいも漂い始めている。だが、それを感じる余裕はない。

 村の様子を意識的に観察するように視線を走らせていると、私たちの馬列の横を一台の馬車が通り過ぎた。侯族階級で愛用されているクラレンスと呼ばれる高級乗用タイプの4人乗り馬車だ。

 黒褐色の重く落ち着いた色の車体は軽快な走行音をたてながら私達を抜き去っていく。その際に車体側面に飾られた紋章が目を引いた。

 ひし形のフレームの中にサフランの花を抱いた女性の胸像が描かれている。その紋章を目の当たりにしてダルムさんが言った。

 

「あれは」


 驚くかのようなつぶやきに私は問い返す。


「ご存知なのですか?」

「あぁ、この界隈では中級侯族として有力な勢力を持っている〝ロンブルアッシュ家〟の紋章だ」

「ロンブルアッシュ?」

「この界隈ではワルアイユを含めて5大有力侯族の一つに数えられている。それぞれに特徴があるんだ」


 元執事という肩書故にダルムさんは侯族階級の事情に精通している。ましてやこの界隈の人物事情なら知っていて当然だった。

 

「ロンブルアッシュは石炭の鉱山を、セルネルズは山林資源、モーハイズは小麦生産、ワイアットが西方辺境での商業物流の中継地を握っている。それぞれに確実な財力や資産を有しており歴史もあるため発言力は絶大だ。州政府でも一目置くだろう」

 

 そこにドルスが問いかける。

 

「つまり、ワルアイユはその一角を担っていたってわけか」

「そうだ。それが今回こうして集まっているってわけだ」


 ドルスさんの言葉はそれだけ今回の事態が、決して絵空事ではないことを意味していた。

 その現実を改めて目の辺りにすると、自分自身のことよりもアルセラの事がどうしても気になってしまう。私は思わずつぶやいていた。

 

「アルセラ、どんな気持ちなのかしら」


 その言葉を耳にしてドルスが言う。

 

「さぁな。ただこれだけは言えるな。アルセラなりに決断して動いているってことだ」

「ええそうね」

 

 そうだ。決断無しに行動はありえないのだから。


 村を中心地へと向けて歩みを進める。村を守るように生い茂っている樹木はあの火事で3分の1を失ったものの、まだまだこの村を守ってくれるだろう。麦畑も立派な実りをつけており、あの争乱で放火されなかったのは不幸中の幸いだった。

 今、メルト村では麦畑の収穫の真っ最中だった。麦には秋撒きと春撒きがあるが、ワルアイユでは秋収穫の春撒きが営まれている。戦乱を終えて村に戻った村民たちが大急ぎで借り入れを行っている。

 見れば農作物の実りに被害がなかったこともあって、彼らの顔は明るかった。

 収穫に村民たちだけでなく、西方平原での戦いに参戦していた職業傭兵たちの姿が垣間見える。それを見たパックさんが言う。


「収穫の手伝いでしょうか」


 カークさんが言う。

 

「だろうな。小麦は収穫に適した時期が短い。収穫時期を逃すわけにはいかないからな」


 麦わらの香りがどこからとなく漂う中を進みながら、私は陽光をあびながらつぶやく。


「やっと帰ってきたわね」


 メルト村、この地に帰ってきたことでやっと戦いの終わったのだと感じることができる。だが、大きななにかが残されている。そんな気もしてならない。それは街道筋と同じように村の随所随所に配置されている歩哨ほしょうの姿からも明らかだった。

 

「やっと終わったと思ったんだけど」


 祝勝会――降って湧いたその祝賀行事が私の心の中にスッキリしない気持ちを落としている。だが、私の傍らでドルスが言った。


「いいじゃねえか。やっと一つの節目が迎えられたんだからよ。区切りがつくってのはいいことだぜ」


 ドルスの気遣いの言葉が私には嬉しかった。


「そうね」

「思えば、この村を放棄して西方平原へと逃れた時、これから一体どうなるかと思ったが」


 そのぼやきにダルムさんが言う。


「だが俺たちは帰ってきた。村の連中も無事生き残り、誤解と疑惑も解けた。たしかにまだまだワルアイユの安定には程遠いが、それでも一番の危機にケリが付いたのは間違いないんだからよ」

「あぁ、そうだな」


 そしては私は言う。

 

「今は素直に喜びましょう」

「あぁ」


 否定する声はなかった。

 そんなやり取りをしてるうちに村の人たちの姿が間近に見えてくる。戦いの間おろそかになっていた畑仕事をしていた。

 カークさんが彼らに声をかける。


「おーい!」


 野太く大きい声に村人たちは気づいてくれた。

 私たちの姿を見て手を振ってくれる多くの人が駆け寄ってくる。それとは別に二人ほど村の中心地へと走って行く。おそらくアルセラたちに知らせに行くのだろう。

 駆け寄って来てくれた人たちから多くの声がかけられる。


「おかえりなさい!」

「ご無事で何よりです」


 無事の帰投を喜ぶ声や、


「どうでしたか?」

「戦果はいかがでした?」


 戦いの内容を尋ねてくるもの、


「アルセラ様がお待ち申しております」

「お嬢様もお喜びになると思います」


 やはりと言うか、アルセラが私たちのことを、心配していたと言うむねの言葉もあった。

 私は微笑みながら言う。


「ただいま無事に戻りました」


 村の皆が安堵しながらその声を聞いてくれている。私はなおも告げた。


「さっそく、アルセラ様にご報告に向かいたいと思います」

「ではこちらへ! 今、村の中の詰所におられるはずです」

「ありがとうございます! では!」


 こうして私たちは一路、アルセラの所へと向かったのだった。

 

 

 †     †     †

 


 メルト村の中を闊歩して、中心地へと向かう。その街並みの至るところで人々の姿がある。

 あれだけ大勢居た職業傭兵たちの一部が村に残留して復興作業の手伝いをしてくれている。

 もともとがアルガルドの妨害により街の整備もままならない状態だった。これもいい機会と村の人達と協力して復興作業が行われているのだろう。

 

「ご苦労さまです」


 私がそう声をかければ職業傭兵たちの人たちは笑顔で手を振ってくれている。

 その彼らにカゴいっぱいのパンを届けようとしている女性が居る。彼女も今回の戦いで活躍してくれた人の1人だ。私は彼女の名前を呼んだ。

 

「リゾノさん!」

「ルスト隊長!?」


 リゾノ・モリソン。この街の農夫の女性で、メルト村の女性市民義勇兵の人たちのまとめ役だ。私の声に気付いて、リゾノさんはパンの入ったかごを職業傭兵の1人に渡すと、挨拶もそこそこにこちらへと駆けて来た。

 農作業用のワンピースに前掛けのエプロンと頭には頬かむりの白い布。いかにもこの村の女性らし出で立ちだった。

 

「任務、ご苦労さまです!」

「リゾノさんもご無事で何よりです」

「はい! 戦いが終わって村に帰ってきてから休む間もなく復興作業を行っています。戦場で一緒だった職業傭兵の方たちも手伝ってくれています」

「よかったですそれは何より」

「ええ、それにルスト隊長のご帰還に合わせての祝勝会が開かれるとお聞きしました!」

「はい。帰り道の街道の道すがらの様子で私も聞き及んでおります」


 私の言葉にリゾノさんは嬉しそうに言った。


「はい! アルセラお嬢様の開催宣言以降、近隣の御領地の皆様方からもご支援を頂いて準備が進められています。村のみんなも立派な催しにすると盛り上がってるんです!」


 近隣領地からの支援――、私の耳にはそれが妙に引っかかった。裏があると感じるのはひねくれすぎだろうか?

 その思いを顔に出さずに私は素直に喜んだ。


「きっと素敵な祝賀行事になると思いますよ。期待してますね」

「はい!」


 そこには村の無事と勝利を素直に喜ぶ彼女の姿があったのだ。その嬉しそうな顔を見ていると話題はつきそうにない。だが彼女は聡明だった。

 

「積もる話もありますが、まずはご領主様のところに参りませんか? 皆様の帰還をお待ちしてらっしゃいましたから」 

「かしこまりました!」


 そして私達はあの場所へと向かった。

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