第1話:祝勝会前夜
ルスト一行、ワルアイユへの帰路 ~アルセラに会うために~
すべての戦いは終わった。
メルト村で始まり、西方国境で雌雄を決し、このラインラントで迎えた決戦、〝私ができる戦い〟はこれで一通り終えたことになる。
あとは正規軍の憲兵部隊に状況説明と現場の引き渡しを行うだけだ。
それまでの間、一昼夜をラインラントの砦で時間を過ごすことになる。証拠保全のためにも硝煙と血の匂いが漂ってくる中での野営はかなりしんどかったが、これもまた自分たちが戦った結果だから受け入れるしかなかった。
そして正規軍の憲兵部隊が翌朝にたどり着くと、彼らに現状引き渡しする。やってきたエルセイ少佐の直属の部下20名に現状を説明し、本来の被疑者であるデルカッツ候以下、配下の者たちが激しい抵抗を行いこれをやむなく討ち取ったことを告げる。
彼らは一切の疑義無く私たちの報告を受け入れてくれた。
こうして報告を終えると引き渡完了となる。一応後日、書面での報告が義務付けられたが、現状の情報以外には取り立てて申し立てる事もないのでまあこれは任務完了に伴うお約束のようなもの。
「それでは、事後処理はよろしくお願いいたします」
散々戦ってとっ散らかした後なので、後片付けをやらされることになる憲兵部隊でも下っ端の方の人達には睨まれたりもしたが、彼らが戦いの矢面に立たなかった分、これくらいはお願いしてもバチは当たらない。
(まぁ、ここまでひどくなったのは間違いなくドルスの爆弾馬鹿一人のせいなのだけど)
こうして、私たちは一路、メルト村への帰路に入ったのだった。
† † †
出立時に私はプロアさんに告げた。
「先にメルト村に帰っていただけますか?」
私の言葉の意図に彼はすぐ気づいた。
「あぁ、アルセラを安心させるためだろ?」
「はい」
傍らでダルムさんが言う。
「アルガルドが討たれて初めて、ワルアイユも救われるからな」
だがそこでプロアさんは言う。
「まだあるだろ?」
「えっ?」
不思議そうに問い返す私に彼は言う。
「今回の件で、お前の実家筋を動かした。ユーダイムの爺さんも首を長くして結果を待ってるはずだ」
「おっしゃるとおりです」
私は神妙な面持ちで頷く。だがプロアの言葉は更に続く。
「お前のおふくろさんも待ってるはずだ。爺さんの口から聞かされてるはずだからな」
「あっ」
プロアの言葉が私に2年前のことを思い出させた。そうだ、ユーダイムのお祖父様に事態解決の助力を求めたなら、事の経緯はきっと聞かされているはずだ。あのミライル母様も。
この2年間、ついぞ記憶の片隅においやって意図的に思い出さないようにしていたのだが、一度思い出してしまうとその脳裏から追い払うことはできない。気落ちしそうになる私にプロアは言う。
「そう、気に病むなって。しっかり伝えてきてやるからよ。差し障りない程度で事の経緯をな」
「はい、お願いいたします」
「行って帰って3日ってところだな。もしかすると、一度行った道だからもっと早く帰れるかもな。じゃあな」
彼はそう言い切るとすぐに走り出してステップを踏む。
「精術駆動 飛天走!」
そして聖句詠唱をして精術を発動させると天高く舞い上がっていった。その姿を眺めながら私は言った。
「では参りましょう」
その言葉に皆が頷いていた。そして私達は帰路へとついたのだった。
† † †
そこからはメルト村には馬を使って3日ほどだ。野宿を重ねて、いよいよ3日目、私たちはメルト村へと近づいていく。だが、私は街道沿いにあることに気づいた。
「あっ、また」
「どうした?」
私のつぶやきにドルスが問いかけてくる。
「ん? いいえ、街道沿いにやけに正規兵の人たちの
「なんか道案内しているみたい」
そう、これではまるで道案内の誘導役だ。
私の疑問を耳にしてドルスは動き出す。
「ちょっと待て」
一言断って馬にムチを入れる。そして、少し先の方にて立っている歩哨役に声をかけた。その事情を問いただしたのだろう。
短いやり取りのあとに馬の歩みを緩めてドルスは戻ってきた。私から声をかける。
「どうでした」
「ん、それがよう」
ドルスは神妙な面持ちで答える。
「〝祝勝会〟の案内役だってよ」
「えっ?」
驚きつつさらに問いただした。
「どこで?」
「メルト村。この先にある村っつったらそこしかねえだろう。なぁ?」
他の部隊員に問いかければ戸惑っているのがわかる。カークさんが言う。
「祝勝会って――もうか?」
ゴアズさんが言う。
「早すぎやしませんか? 西方国境での戦いが決してからまだ5日も経ってませんよ?」
さらにバロンさんが言う。
「戦いに勝ったのですから、祝勝会のような祝賀行事が開かれるのはわかりますが、メルト村の復興も端緒についてない現状でやることでしょうか?」
「分からない」
私も戸惑っていた。さすがにタイミングとしては早すぎる。
「戦勝を祝う祝賀行事はありえないことではないけど、バロンさんが言う通り早すぎるわ。だいいちワルアイユは戦いの際に市民義勇兵動員の際に必要物資や経費を吐き出してしまったはずよ? 村の復興と生活再建が目鼻がつかなければどうにもならない状態なのになぜ――」
そんな疑問の声にドルスが言う。
「俺もさりげなく『もうやるのか?』って聞いたんだが『ワルアイユ領主のアルセラ候のご託宣によるものです』としか答えねえんだ。何を考えてるんだか」
ドルスも戸惑うばかりだ。だが、アルセラの行動の意味をわかった人がいる。元執事でワルアイユの事情にも通じていたダルムさんだ。
「俺は見当つくぜ」
彼は真剣な表情で言う。
「多分、周囲の侯族界隈の風評対策や州政府への示威行動だろう」
「今、この段階でですか?」
「あぁ、おそらくそうしないといけない突発的状況が起きたんだろう。言い換えれば祝勝会を開いて〝ワルアイユ〟と〝アルセラ嬢〟が健在である――と知らしめないといけなくなったんだろうぜ」
「そんな!」
驚きと同時に焦りを見せた私に彼は言う。
「まぁ、こう言うのは侯族界隈じゃ節目節目にはよくある話だ」
そして昔を思い出し義憤を噛み締めながら彼は言う。
「何しろ、侯族ってのは足の引っ張り合いだ。領地が隣り合ってにこやかに笑ってても、お互いの背後関係の系列とかの兼ね合いでテーブルの下で互いの足を踏み合ってるなんてのは珍しくない。それにだ」
彼は私の方をじっと見つめながらこう告げた。
「アルセラは今、両親もなくし、まだ15歳だ。成人年齢に達したばかりだ。侯族としての業務にも精通したとは言えず、いろいろな人間とのつながりもあるとは言えない。ましてやワルアイユは辺境領だ。国境線に接した軍事的にも重要地域だ」
パックさんが言葉を挟む。
「地下にはミスリル鉱石の地下鉱脈も眠っています。国としても絶対に失いたくない土地です」
その言葉にダルムさんはうなずく。
「そうだ。こう言っちゃ悪いが、そう言う『未熟な小娘』にワルアイユと言う軍事的要衝を任せて本当に良いのか? と、疑うやつが現れたとしても決して不思議じゃない。そしてこう考えるはずだ。――いっそワルアイユを国家領有にするか、正規軍管理の直轄地にするとかな」
国の直接管理――、それはありえない話ではない。
もともとワルアイユのように国境に接し、軍敵緊張に常にさらされている領地を『辺境領』と言い、一般領地とは別格として扱われている。下級侯族相当だったとしても、辺境領である場合、家格が一つ上になる。
私は怒りと苛立ちをこらえて言う。
「ワルアイユは領地こそ狭いですが、辺境領として承認されていることで下級ではなく中級侯族として扱われています。つまりはバルワラ候亡き後の後継者が、その辺境領の当主盟主としてふさわしいか否か? を議論の俎上に上げている人間がいるのでしょう」
そしてドルスが吐き捨てるように言った。
「変わっちゃいねえな。正規軍の上の方は――」
彼には苦い記憶がある。正論を握りつぶされ、軍を追い出された記憶が。
「今回の戦いにアルセラも暫定領主として参戦したが、それを評価するつもりは無いらしい。西方国境での武功はあくまでも、ルスト――お前のものだと言いたいんだろうぜ、正規軍のお偉方はな」
それはあまりにも俗っぽい現実だった。軍隊という場所は徹底的に人間性を否定することがある。効率と現実と実益を何よりも重んじるのだ。私は言う。
「わかっています。正規軍社会も侯族社会も、綺麗事だけでは済まない世界ですから」
一つの現実を口にする私にドルスは訪ねてきた。
「それで、どうする?」
「どうもこうもしません。妥当な判断だと思います」
そして私は前を見据えながらこう告げたのだ。
「今は一刻も早くアルセラの元へと向かいましょう」
そうだ、今は彼女に会い、状況について知る以外にないのだから。
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