アルセラの戦い始まる ―祝勝会の開催宣言― 

 この事実をアルセラが知ったのはこの半刻ほどあとのことだった。

 通信師による伝聞で急ぎ帰還されたしとの報を受けた。

 やや焦るような表情でアルセラは戻ってきた。

 村長を伴いながら現れたアルセラはこう告げた。


「何事ですか? 何か問題でも?」


 アルセラはそう焦りながら執事たちに問いかけてくる。

 だがそこに姿を現し答えたのはサマイアス候だった。建物の奥から現れるとアルセラの方へと歩いて行く。


「落ち着きたまえ。アルセラ」

「セルネルズのサマイアス候?」

「久しぶりだな。アルセラ。新領主暫定就任おめでとう」

「ありがとうございます。いつこちらに?」

「今日の昼前だ。こちらの惨状を知って援助が必要だと思ってね」


 積もる話もあるだろうが今はそんな時間はない。話題を断ち切るようにサマイアスは本題を告げる。


「単刀直入に言おう。君は今、復興作業と並行しながらワルアイユ家の名前で〝祝勝会〟を開催しなければならない」

「祝勝会? なぜですか?」


 驚くアルセラにサマイアスはなおも告げる。同席していた村長にも語りかけるように。


「君がこのワルアイユの新領主として、近隣の候族の方々に認めてもらうのと同時に、州政府や中央政府のお歴々や要人たちにも、確実に認めてもらう必要があるためだ」


 村長のメルゼムが言う。


「なぜですか? アルセラ様の新領主問題と祝勝会とがなぜつながるのですか?」


 疑問の声を口にするメルゼムの傍らで、アルセラはその聡明さを発揮した。問題点の要部を理解すると、問題そのものの本質をすぐに理解した。


「私が何の実績もない15歳の小娘だからですね?」


 それはまさしくアルセラと言う人間を外部の者が見た時に思う問題そのものであった。

 残酷ではあったがサマイアスは否定しない。


「その通りだ。だがだからこそだ。戦いの主役であったルスト隊長とその仲間たちが揃っている今だからこそ、そして周囲の注目が集まり、正規軍の士官や、戦闘に参加した職業傭兵の方々も残留している今だからこそ、彼らの存在とその名前を借りながら、今この時期にこそ君という存在を知らしめる必要があるのだ」


 そしてサマイアスは、アルセラの直前に立つとまるで彼女の父親であるかのように右手で彼女の肩をそっと叩いたのだった。


「緊張の連続で疲労の限界に達しているのはよく分かっている。今この時期に畳み掛けるように困難が重なり合うのは本当に辛いと思う」


 その言葉を語るサマイアスの表情はまさに真剣そのものだった。


「だが、これは〝戦い〟だ。君自身と君のお父上の名誉と伝統を守るための! ルスト隊長にも、ワイゼム大佐にもできない、領主たる君自身にしかできない重要な戦いなのだ!」


 サマイアスは分かっていた。自らの右手を通じてアルセラの体が小刻みに震えているということを。

 一つの戦いが終わってやっと安堵できると思ったその時に降って湧いた自らの信用問題。泣き崩れてもおかしくなかった。

 だが、アルセラは負けなかった。

 両足に力を込めてしっかりと立ち、現実を見据えていた。

 サマイアスの顔をじっと見つめたままアルセラは周囲の者たちに告げる。


「オルデア!」

「はい、お嬢様」

「準備の進捗状況は?」

「はい。サマイアス候やワイゼム大佐と言った方々のお力を借りながら、人材・会場・衣装・料理、その他全て準備が始まっております」


 アルセラは残された最後の一つに気づいた。


「残り一つは私ですね?」

「はいお嬢様」

「ではここに正式に宣言します」


 その言葉を受けてサマイアスはアルセラの肩から手を離した。そしてアルセラは周囲を見回しながら力強い声でこう告げたのだ。


「ワルアイユ家の名で祝勝会の準備を開始します。開催日はルスト隊長がご帰還なされたその翌日!」

「かしこまりましてございます」


 そしてさらにアルセラは指示を下す。


「ワイゼム大佐にご協力いただき、ルスト隊長のお戻りのおおよその日にちを調べてください。それをもとに近隣領地の方々に招待伝文をご送付いたします」

「承知いたしました」


 アルセラは更なる情報を求めた。


「サマイアス候、改めてお話をお聞かせください。今の私自身に何が必要なのか見極める必要があるので」

「うむ、私でよければお話ししよう」

「ありがとうございます。それでは応接室の方に」

「うむ」


 そして振り向くと侍女長のノリアに告げる。


「お茶とお菓子を用意して。それと重要なお話をさせてもらうわ。しばらく誰も近づけないで」

「承知しました」

「お願いね。ではサマイアス候、参りましょう」


 そう告げるとサマイアス候を案内するように1階の応接室へとアルセラは向かった。

 毅然としたその態度は15歳という年齢を感じさせないほどに、領主としての威厳を放ち始めていた。

 その背中に皆が期待を寄せようとしていたのだった。

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