過酷すぎる問題 ―国家最高機関・賢人議会の影―

「こう言う場だからこそ言える話なのですが、あくまでも他言無用ということでお聞きいただきたい」


 大佐のその言葉が深刻な事態があることを匂わせていた。大佐は続ける。


「実は、正規軍中央の幕僚本部から密命という形で伝文が届いたのです。それにはこうありました」


 一呼吸おいて言葉が続く。


「開催されるであろう祝勝会の場において、暫定領主アルセラ・ミラ・ワルアイユが、新領主にたる人物か否かそれを見極めろ――と」


 そして全員の顔を眺めながらこう告げた。


「すなわちこれは、軍の中央本部が、そしてその背後にいる国家最高機関である賢人議会が、このワルアイユに注目していることに他ならない」


 賢人議会――

 それは、フェンデリオル政府の中で中央に位置し、その最高位に存在する意思決定機関だ。

 国王や皇帝のような国家盟主を持たないフェンデリオルにおいて、賢人議会こそが国の最高権力機関だった。候族であるなら、賢人議会に関係を持ち、議員として議席を持つことはある種の名誉であり、上級候族への最終にして唯一の手段であるのだ。

 それ故に、賢人議会での意思決定の影響力は絶大であり、彼らの声一つで国全体が動くことすらある。

 今回の事件においてその彼らの意図が垣間見えるとなれば、ただでは済まないと見るべきだろう。それはあまりに衝撃的な事実だった。


「嘘だろう……」


 呻くようにザカットが言った。


「それじゃあつまり、この界隈や近隣連中どころか中央政府のお歴々の目から見ても納得させられるような規模の祝勝会を開かなければ〝ここ〟の存続がやばいことになるって事じゃねえか」


 職業傭兵ということもありザカットの口調は荒かったが言っていることは本質をついていた。

 執事のオルデアはその言葉に過酷な現実が待っていることを思い知らされていた。

 思わずその両手で自らの顔を覆ってしまう。


「なんということだ……」


 当然だ。現場では到底、開催は不可能だ。


「現状では問題の全てが解決したわけではありません! 確かにトルネデアスの越境侵略軍は撃退しました。しかし市民生活もやっとなのにそんなものを催している余裕はありません!」


 もっともな言葉だった。だが現実はそうは行かない。大佐は指摘する。


「おっしゃる事はもっともです。ですが中央幕僚本部の元帥閣下の言葉として、祝勝会の件が出てきたということは、元帥閣下の背後にいる政府要人が発言の元であるということを十分に考慮した方がいい」


 サマイアス候が同意する。


「おそらくは政府要人の中にこのワルアイユの土地の接収も視野に入れている人物がいるはずだ」

「そんな!?」


 驚くオルデアに大佐は指摘する。


「ありえない話ではない。と言うより、かねてから軍事的要衝となっているいくつかの辺境領を、中央政府直轄として領有すべきだとする意見が出ているのです」


 傭兵のザカットが言う。


「やっぱりそうか。傭兵の界隈でも地方領主と中央政府との間で領主としての領有権について、揉めているところが増えているって噂になってるんだ」


 さらに大佐が打ち明けるように言った。


「実は、軍を動かすには、地方領地を介在させるより、州政府や中央政府が直接動いてしまった方が簡単でいいとする意見は軍内の様々な場所で根強いんです。これは私の実家であるフォルトマイヤー家でもしばしば議題にのぼっていました」


 過酷な現実にオルデアの嘆きの声は止まらない。


「なんということだ! 何のために血を流してまで戦ったんだ! 旦那様がやつれるまでこの土地を守ろうとしていたのは何のために!」


 もっともだった。ましてやあのアルガルドの連中が悪逆の限りを尽くしていた時に、州政府も中央政府も実効性のある対策は何もしてくれなかったのだ。それを今さら政府が直接領有すると言われても到底納得できるものではないだろう。

 だがザカットが励ますように言う。


「まぁ、落ち着きなって執事さんよ」


 そして皆を眺めながら彼は言った。


「俺たちをここに集めたってのは、サマイアス候も、ワイゼム大佐も、対策がすでに頭の中にあるってことだと思うぜ? なぁ?」


 ザカットの言葉に大佐もサマイアス候も頷いていた。

 世の中は闇ばかりではない。光をもたらす者たちは必ず存在してるのだから。

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