千人にも勝る援軍来る ―セルネルズ家のサマイアス候―

 そして、執事に見送られてアルセラは村長たち村の人々とともに外出していった。村の市街地の概況を確かめるのと同時に、戦闘が行われた領内の各地、焼かれてしまった山林の様相、捕虜収容施設として運用されている避難施設など様々な場所を実際に見聞するためだ。

 さらには、村の復興作業に協力してくれている正規軍の士官や兵卒、直接帰還せず村に残留してくれている一部の職業傭兵たちなどに会い、宿泊環境の確認や不足物資の要求などを聞くためだ。

 おそらくは今日一日はそのために忙殺されるだろう。

 ゆっくりと休める日はまだまだ先の事だ。


 新領主として懸命に振る舞うアルセラを見送ったのは、執事のオルデアと、侍女長のノリアだった。

 見送りを終えた後にオルデアは執事としてアルセラの領主としての業務の手助けをし、ノリアはアルセラの生活の場の采配を振るい使用人たちに指示を下していた。

 ひっきりなしに外から持ち込まれる相談事や連絡事項を整理するのも二人の役目だ。当然来訪者の対応もだ。

 そんな時だ。予想外の人物が彼らの前に姿を現したのは。


 メルト村の市街地中央にある政務館、その正面に一台の馬車が止まった。黒塗りのしっかりした造りのその馬車は、二人乗り用のブルーム。その側面には楓の葉と樫の木の文様で彩られた紋章が飾られている。

 オルデアもノリアもその紋章には覚えがあった。


「あ、あの御印みしるしは」

「隣接領地のセルネルズ家のものです」


 驚きよりも先に状況を察してノリアは館の中に声をかけた。


「みんな集まって! ご来賓よ!」


 そのかけ声が、使用人全員で出迎えなければならない来賓だということを意味していた。仕事でどうしても手が離せないものを除いて、合計で6名ほどが集まる。今のワルアイユ家ではそれで精一杯だ。

 メイド衣装の襟元を正すと政務館の外に出る。そして正面玄関の左右にそれぞれ3人ずつ合計6人広がって並びその中央に執事のオルデアが毅然とした姿勢で来賓を迎えた。


 そして侍女たちを率いて挨拶を述べるのは侍女長のノリアの役目だった。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ!」


 ノリアの声に続いて侍女たちも挨拶を述べる。その声と同時に馬車の馭者がタラップを用意し、側面の扉を開ける。

 そして中から一人の男性が姿を現した。

 フェンデリオル人としては標準的な白い肌に金色の髪。少し赤みがかっているのは他の地方の血筋が一部入っているからだろう。

 髪は短めにオールバックに綺麗にまとめられており、ルダンゴトコートに襟元には白いクラバット、頭部にはシルクハットをかぶっている。足元がブーツなのは長旅や歩き回ることを意識しての物だろう。

 その手には自らの権威を示す大理石の頭付きのステッキが握られている。そのステッキの主はオルデアたちにこう告げた。


「すまんね。多忙な折に出迎えさせてしまって」


 その言葉にオルデアが謝辞を述べる。


「何をおっしゃいます。遠路はるばるご苦労様でございます。セルネルズ家のサマイアス候」


 ノリアは挨拶を告げた。


「ようこそ。ワルアイユへおいでくださいました」


 ふたりの挨拶にサマイアスは言う。


「何を言う。私の親友たるバルワラが命を落とし、ワルアイユも戦乱に見舞われたのだ。助けに駆けつけるのが当然であろう」


 そう言いながら頭にかぶったシルクハットを脱ぎながら進み出る。そして右手を執事のオルデアへと差し出した。それに対してオルデアは腰をかがめて頭を下げながら両手でその手を握り返した。


「その言葉、何よりも嬉しく存じます」

「オルデア、積もる話もあろうが今は火急の事態だ。先にやるべきことは山ほどある。それにだ」


 サマイアスは一言区切ると、集まる視線を見つめ返しながら続けた。


「通常の市民義勇兵動員ではない緊急事態だ。国家正規軍と越境侵略軍の挟み撃ちなど普通ではあり得ない状況だ。臨時の蓄えはほとんど吐き出しているのではないかと思ってね。そのためにも通信師を連れて私だけ先行してやって来たんだ」

「サマイアス候!」

「君との付き合いも私が若い頃からずっとだからな。今までも沢山世話になった、今度は私が返す番だ」


 そう優しく微笑む表情には、候族同士の付き合いというよりも家族同然の絆を分かち合った者同士の信頼関係が垣間見えていた


「必要なものや不足しているものがあれば何でも言ってくれ。通信師を通じてセルネルズの本邸の方に連絡して後から持って来させよう」

「はい! ありがとうございます!」


 そう感謝を述べたのは侍女長のノリアだった。


「実際おっしゃる通りです。襲撃者から逃れるための緊急の脱出や、国境付近での戦闘ですぐに持ち出せる蓄えは出し切ってしまってたんです」


 そう語る言葉には領民たちや正規軍人達の手前、困窮する姿は見せられないと言う事情もあった。彼らとて領主の威厳の一部であり、情けない姿は見せられないのだ。

 セルネルズ候は言う。


「なればこそだ、何でも言ってくれたまえ。親友たるバルワラの恩に報いるためにも。それと、少し状況を整理しよう。詳しい状況を聞かせてくれ」


 その言葉にオルデアが言う。


「かしこまりました。それでは政務館の中へお入りください。お荷物はうちの者に運ばせましょう」


 オルデアの言葉を受けてノリアが指示を出す。使用人たる侍女たちは一斉に動き出し、馬車から荷物を降ろしていく。


「みんな!」

「はい」


 侍女長のノリアは招く。


「さ、どうぞ。お付きの方もご一緒に」


 そして馬車を臨時に設けた停車場へと移動するように告げるとサマイアス候たちを政務館の中へと招いたのであった。

 それはまさに100人の手伝いにも勝る強力無比な助っ人だったのだ。

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