忍び笑いのプロア、風のように現れ、風のように旅立つ
それからしばらくしてアルセラが落ち着きを取り戻す。そして現実を理解するとそれを必要な者たちへと伝えようとする。
自ら政務室を出て人を探す。建物入り口のエントランスホールに向かえば、ちょうどその時朝の挨拶にやってきたメルゼム村長とワイゼム大佐がホールにて談笑していたところだった。
アルセラが言う。
「村長、大佐!」
その声に村長が答える。
「おお、ご領主様!」
さらにワイゼム大佐が言う。
「おはようございます。ご領主様」
「おはようございます皆様。今朝は皆様にお伝えしたいことがあります」
「それはいったい?」
大佐が問い返す声にアルセラは言う。
「ただいま入った知らせです。アルガルドの領内にて宿敵デルカッツは討たれたそうです」
「なんと!」
「本当ですか?」
返ってくるのは驚きの声。改めて現実を伝える声が続く。
「本当だ。デルカッツ・カフ・アルガルドは討伐された。アルガルド家の主勢は同じようにことごとく討伐された。アルガルドを維持存続させる者はもういない」
その声の主はプロアだ。もたらされた事実に歓喜しつつ村長と大佐は驚かざるを得なかった。
「プロアさん!」
「ルプロア殿、いつこちらへ?」
プロアは軽く手を振りながら歩み寄る。
「今しがただ。朝に目を覚ましてすぐにこっちに来た」
大佐が問う。
「例の精術武具をお使いになりましたな?」
「その通りだ」
だがプロアは急いでいた。まだやるべきことがある。
「悪いがあまり話し込めない。まだ伝えないといけない場所があるんでな」
村長が言う。
「それはいったい?」
大佐が問う。
「もしかして中央首都ですかな?」
落ち着いた声でプロアは言った。
「ああ。2回目だからそんなに難しくはないがな」
村長が尋ね返した。
「どういうことですか?」
補足をしたのはワイゼム大佐だ。
「彼は飛行能力を有した精術武具を所有しておられます。希少なものですが、長距離を短時間で移動する力を発揮します」
そしてプロアが言う。
「そいつを使って、中央首都のある所への行くつもりだ」
彼は〝ある所〟としか言わなかった。ルストの正体に関わるからだ。それはこの場に居る3人ならよく分かっているはずだ。
「向こうの方にも今回の結果を知らせないといけないのでな。それこそ〝一日千秋〟の思いで結果を待ちわびている人がいるからな」
それが誰であるのか察知したのは大佐だ。
「なるほどおっしゃる通りですな」
アルセラが問う。
「その方とはいったい?」
大佐は周囲を一瞥し隣室にも誰もいないのを確認して声を発した。
「ルスト隊長が、今回、西方平原での防衛部隊を糾合するにあたって前線指揮権の委任状を発行を求めましたが、その発行の申請に対して中央首都のとある上級候族の方に発行の仲介をお願いしたのです。つまり、ルスト隊長の御祖父様にあたるお方です」
つまりはユーダイム候の事を意味している。
さらにプロアが言う。
「ルスト隊長の実家は軍閥家系でな軍に強い発言力を持つんだ。それがあったから今回、前線指揮権の委任状を発行してもらうことができたんだ。それがなかったら正規軍の人たちや職業傭兵の人たちを引き込むことはできなかったろうぜ」
それは言外に、ルストがルストとしてではなく、本来の彼女としての身分を行使していることを指摘していた。すなわち家出し出奔している身分でありながら――
それがいかなる問題をはらんでいるかも想像するだにかたくなかった。
村長が言う。
「なるほど、それでは確かにご挨拶が必要でしょうね」
アルセラが頷いた。
「なるほどよく分かりました。くれぐれもお気を付けください」
そして大佐がプロアに尋ねる。
「ルプロア君。すまないが、頼まれてくれないか」
「何をですか?」
「軍の中央幕僚本部、その幕僚長を勤めている〝ソルシオン将軍〟に今回の顛末を伝えて欲しいのだ。正規軍からも通信師を使って伝文を送ることはできるが、できればこういうことは間に人を介さずに直接伝えたい」
大佐の言う事にプロアもすぐに理解を示した。
「なるほどよくわかったぜ、その将軍ってのが、指揮権委任状の出所って言う訳だろ?」
「その通りだ。将軍は中央幕僚本部に居る事が多いが、フォルトマイヤー家の本邸でも連絡と所在確認が取れるはずだ」
「了解」
そしてその場で状況を見守っていた村長が言った。
「大変かと思いますがどうかよろしくお願いいたします」
「ああ」
軽い口調で答えつつプロアは早速行動を開始した。
「それじゃあ行くぜ」
そう言葉を残し軽やかな足取りで政務館から出て行く。アルセラが後を追いながら見送るが、精術の聖句詠唱もそこそこにプロアは飛び去っていったのだった。
アルセラが館の中へと戻るなり言う。
「もう行ってしまわれました。まったく風のようなお方です」
少し言い方が不満げなのはおそらくはルスト隊長の事をもう少しじっくり聞きたかったに違いない。だがアルセラはそれを堪えた。自分の立場を忘れるほどに未熟ではない。
すぐに、今なすべきことを思い出しそれを口にした。
「村長さん。確か今日は村内状況の確認でしたね」
「ええ、基本的な状況も落ち着いてきたので個別の損害状況をまとめ上げていきましょう」
「わかりました。記録役の同行人を一人ご用意ください」
「承知しました。それでは早速。準備ができましたらまたこちらへと参ります」
そう言葉を残してメルゼム村長は政務館から去って行く。
後に残されたのはアルセラとワイゼム大佐だ。ルストの素性を詳しく知る数少ない人物だった。
「それでは私も持ち場へと戻らせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
正規軍の人達には、村の警備、捕虜の監視、復興作業の補助など依頼してある仕事は多岐にわたる。彼らの力を借りねば事を先へと進ませるのは大変なものになるだろう。
職業傭兵の人たちをまとめ上げるためにも、彼のような存在は重要だった。
「何か必要なものがありましたら、ご遠慮なくお申し出下さい」
アルセラがそう言えば、大佐は意外な言葉を切り返した。
「それは是非には及びません。私の保有している連絡筋からも支援を要請しています。今日明日中には近隣の駐屯基地から食料支援や捕虜監視要員が補充されるはずです。その際は改めてご提供させていただきます」
「ありがとうございます。助かります」
アルセラは精一杯の笑顔を浮かべながら礼を述べた。
「それでは失礼いたします」
そう言葉を残して大佐は去っていった。
そして後に残されたアルセラは外回りの準備を始める。動きやすい服装に着替えて履物をブーツに変える。その準備のために侍女長のノリアに声をかけた。
「お呼びでしょうか?」
別室で作業していた彼女が姿を現す。
「外に出るわ。支度と着替えをお願い」
「承知しました。お二階へどうぞ」
二人のやり取りも今やすっかり主従の関係の姿がなじんでいる。これもまた領主として身につけるべき素養の一つと言える。
「では、お願いね」
「はい。それではこちらへどうぞ」
二人はそんなやり取りをしつつアルセラの私室へと向かう。今日もまた忙しい日々が始まるのだ。
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