終わらない事件
ダルムさんが問えばデルカッツは頷いた。
「ふっ――、ワルアイユへと仕掛けた企みが失敗し、数百人規模の軍勢でトルネデアスの侵略部隊を打ち負かしたと聞いた時――
『あぁ、これはワシが敵う相手ではない』
――そう悟ったのだ」
デルカッツは口元から血を溢れさせながら弱々しく語った。
「ここで決戦を望んだのも……人知れずこの身を終わらせるためだ」
彼の目線が私の方へと向いた。それは詫びと称賛とが入り混じった視線だった。
「エライア嬢……お前はあらゆる艱難辛苦を乗り越えてワルアイユとこの国の国境を守り抜いた……ワシなんぞが勝てるはずがない」
つまり彼は自らの敗北をもって、この地ですべてを終わらせる覚悟だったのだ。
私は静かに尋ねる。
「デルカッツ候、この自決はアルガルドの他の親族たちに類が及ばないようにするためですね?」
その言葉にデルカッツは初めて笑った。
「ワシは……、なりすましのニセ候族だ。こんなワシでも、時が経てば親族や近しい者達に情愛も湧く。ワシの事を一切疑わずに親族として家族として、受け入れてくれた唯一の者たちだ」
安堵の表情のまま彼は言う。
「妻や子はできなかったが、若く幼い親族たちがワシを慕ってやってきた。何の疑いもせずにな。あいつらだけは――」
それ以上は言葉にはならなかった。少しの沈黙が流れ、ようやくに言葉が続く。
「これでいい。ワシ自身が罪を認めて自決すれば……咎はワシだけのことでたりる。土地を集め、財を集め、権力にトチ狂った老いぼれの命1つであの者たちを守れるのならば……」
そして彼はあらためて私を見つめると、こう求めてきた。
「最後の頼みだ。政務室のワシの机を調べてくれ。ワシがニセ候族だと言う証拠が隠してある。それをしかるべきところに出してくれ」
私はその言葉に頷いた。それが彼を安堵させたのだろう。私たちの耳に彼の最期の言葉が聞こえた。
「あぁ、帰りたい……懐かしいあの故郷に……」
まるで糸が切れたかのようにゆっくりと彼の体は床へと崩れ落ちていく。
今ここに故郷を失い、孤独に放浪した一人の男の旅路が終わったのだ。
† † †
戦いの舞台となった大広間を後にして、2階フロアの執務室へと向かう。
そこではハイラルドはすでに事切れていた。
死亡を確かめると、デルカッツ候の遺言通り彼の机を調べた。するとそこには彼自身の出自と、本来のアルガルド家養子の男を殺した経緯と死体を埋めた場所についての記述が記された日記帳があった。
ダルムさんが言う。
「今回の事件に関する経緯文もある。それと、こっちは告発状だな」
プロアさんが問う。
「なんの告発状だ?」
「旧ブルクハルト領、不正占領――」
過去の記憶を手繰りながら言葉を続ける。
「恐ろしく昔だ。国境近くの小さな辺境領が戦争のドサクサで領地の所有権を掠め取られたって事件だ。噂には上っていたが証拠も含めて当時の軍上層部が結託して握りつぶしたって話だ」
見つけ出した日記帳と告発文書を受け取りながら私は言った。
「今回の事件の遠い遠い始まりです」
私はその日記帳と告発文書にデルカッツと言う男の後悔と無念が詰まっているように思えた。
「しかるべきところに提出しましょう。全てが元に戻るわけではありませんが」
私には、その意味では今回のこの事件は永遠に解決しないように思うのだ。
「行きましょう」
その言葉を残して私はこの館の中から去っていったのだった。
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