ルストの慈悲とその結末
話の矛先はデルカッツへと向かう。彼が私たちに問いかけてきたのだ。
「ワシの……若い政務官たちは……どうした?」
アシュゲルとハイラットのことを言っているのだろう。
息も荒くかなりつらそうだ。
プロアはデルカッツの弱気な態度に戸惑いを覚えながらも答えてやる。
「アシュゲルとハイラットって奴らか?」
デルカッツは声を発しなかった、ただ目線で頷いていた。
「隠し通路から逃した。あの若さだったらまだやり直しがきくからな。ただ悪いがあんたの本性については多少ふかした上で全部バラした。そうでないとあんたに対して変な忠義心残すからな」
プロアの言葉を聞いてデルカッツは微かに笑みを浮かべた。
「それでいい、ワシのような人としての道を間違った男についていくより、やり直せるならその方がいいに決まっている……」
デルカッツはプロアの腰に金色に輝く2本のインドラの牙が下げられていることに気づいた。
「インドラの牙は置いていったのか」
「あぁ、やり直すには邪魔だからな」
「そうか」
デルカッツは安堵していた。あれだけの部下がいたのにその安否を問うたのはプロアさんが相手をした若い二人だけだった。デルカッツと言う人にとって、おそらくは我が子のような存在だったのだろう。
するとダルムさんが歩み出て、砕かれた紅蓮の神太刀を拾い上げた。それを手にデルカッツのところへと歩み寄り差し出す。
「返すぜ。中身はともかくガワはあんたのもんだからな」
それを受け取りながら、デルカッツは重症の身のままで自嘲した。
「ふっ、中身が空っぽの武器か……今のワシにふさわしい」
その言葉を耳にしてプロアさんもダルムさんも私へと視線を向けてくる。彼の処遇について判断を求めている。
「このままそっとしておきましょう。もう、逃亡も再起もできないでしょうから」
そして私は彼に告げる。
「デルカッツ候、いずれ後ほど正規軍の憲兵部隊がやってくるはずです。あなたの身柄は正規軍へと引き渡すことになります」
「そうか」
デルカッツは荒い息で観念したように言った。だが私は告げた。
「ですが、あなたには捕縛の縄はかけません。最後の最後に敗北と自らの罪をお認めになられたあなたへの最低限の礼儀です」
私がそう声をかければ彼はその手の中で砕けた紅蓮の神太刀を握り直しながら静かに頷いた。
「かたじけない」
そして再び、私はプロアさんたちと目線で合図をしながらその部屋を後にする。
「行きましょう」
そう言い残し部屋を出ようとしたその時だった。
思えば私は、この時のデルカッツと言う人物の、心の奥底の本当の本当の本音を見誤っていたのかもしれない。
彼がこの砦で私たちと決戦を望んだことの真意を――
私たちの視線はデルカッツ候から離れていた。それが悲劇を生んだ。
――ザグッ――
それは湿った音。刃物が人体を貫く音。戦場で何度も聞くあの音だった。
「えっ?」
瞬間、私の中の血が引く。驚きながら振り向けば、そこに見えたのは――
プロアさんが怒鳴り声を上げる。
「何やってんだ馬鹿野郎!」
ダルムさんがデルカッツの真意を即座に理解していた。
「お前、やはり――」
デルカッツの胸には紅蓮の神太刀の砕けた刃が、彼自身の手で突き刺さっていたのだ。急いで彼の元へと駆けつける。だが、すでに手遅れだった。
蒼白の表情でプロアさんが叫んだ。
「ルストと戦って負けて、全てに納得して罪を受け入れて、しっかりと裁きを受けるつもりだったんじゃないのか!」
自らの中に湧いた感情を処理できない状態で叫び声を上げるプロアの肩を、ダルムさんがそっと叩く。
「やめろ」
そしてプロアさんを後ろへと押しのけながら自ら進み出てデルカッツへと声をかけた。
「当主が罪に問われた時、親族や家族に類が及ばないようにする一番の方法は――」
ダルムさんの声が一瞬詰まる。だが絞り出すように声を発した。
「当主が自ら罪を認めて自決することだ」
その時のダルムさんの表情には彼のかつての主人の姿が浮かんでいたのだろう。いかにも辛そうな表情を浮かべていた。
知識としては知っていたことだが、まさかこの人物がそのような手段を選ぶとは思っても見なかったのだろう。
ダルムさんが沈痛な表情でデルカッツへと問いかけていた。
「貴様、端からこうするつもりだったな?」
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