正しき精術とは
戦いは終わった。
勝負は決した。
邪なる者に鉄槌が下され、
正しき者に勝利は与えられる。
私は自らの武器を手にしたまま、打ち倒されたデルカッツのもとへと静かに歩み寄って行った。
デルカッツは荒い息をしながらも炯々とした目で私のことを睨んでいた。だが相当なダメージを食らったのだろう。指一本動かすことなく抵抗すらしていない。
だがそれでも彼の口からは最後に残った疑問が溢れていた。
「なぜだ?」
苦しく呻くように彼は言う。
「なぜワシの炎が消えたのだ?」
彼の渾身の技が、私の技によっていとも簡単に打ち消されたのが納得いかなかったのだろう。
「この大広間の空間そのものを技に合わせて作り変えていた。一度仕掛けを発動させたのなら瞬く間に炎に包まれひとたまりもない、そういうはずだった」
その言葉には自分がやることなすこと、そのすべてに根拠不明な自信があることが言外に滲み出ていた。
最後の慈悲だ。疑問に答えてやるのが筋だろう。
私は静かに語り始めた。
「あなたは精術の本質について何も理解していません」
「なんだと?」
「あなたは精術の表層をなぞっただけにすぎないのです」
そして私は自らの精術武具をデルカッツの方へと突き出しながら言葉を続けた。
「精術武具というのは本来、三つの要素から成り立っています。すなわち、
術者の頭と認識の中にある『術式理論』
術式を実際に駆動させる触媒となる『ミスリル素材』
術式発動の合図となる『聖句詠唱』
この三つです」
淡々と説明する私の言葉を彼は否定せず無言のままじっと聞き入っていた。自らの何が間違っていたのか? その答えを求めるかのように。
「実は精術でもっとも重要になるのが、術者の認識の中にある『術式理論』なのです。例えば、炎を灯すという効果を成そうとしたとします」
私は彼を見つめたまま言葉を続ける。
「周囲の熱素を集めて温度を引き上げて自然発火させる方法、分子と分子の摩擦を生じさせて発火させる方法、さらには術者の精神力や生命力の一部を純粋な炎に転換して温度や発火物の有無に関わらず炎を生じさせる方法。実に様々です」
私の言葉は続く。
「精術を実行しようとする術者は、こうした『自らが成したい結果』を実現させようとするべく、物性を把握し、物理的原理を理解し、物事の因果関係を認識し、手順と理論を組み立てます。そのために実にたくさんの苦労と失敗を積み重ねながら、自らの中に術式理論を組み上げるのです」
私はその実例を示した。
「ある人は自分がなそうとする結果を求めて、何百回何千回と鍛錬を繰り返します。
ある人は自らの中に構築すべき術式を紙面の上に精密な術式設計書として書き上げます。
ある人は意識を猛烈に集中させて求めている術式の形をひたすら想像し続けます。
もちろんそれらの術式が完成したとしても、それを実行可能なように自らを鍛える必要もあります。
多くの精術技術者が、それらの困難を乗り越えて一つ一つの術を完成させて、ものにしていくのです」
それが精術武具を行使する者に課せられた義務というものだ。
カークさんも、ゴアズさんも、自らの所有する精術武具をものにするために猛烈な鍛錬を繰り返したはずなのだ。バロンさんも引き継いだベンヌの双角を使いこなすべく深夜遅くまで練習を繰り返していた。
あのアルセラが、三重円環の銀蛍を土壇場で使いこなせたのも父親からの手ほどきを彼女なりに練習していたからに他ならない。
私もそうだ。
皆そうやって、自らの精術武具を使う術を習得したのだ。
「たとえその術式が自分自身で生み出したものでなかったとしても、正当に精術武具を手に入れて、術式理論を正しく理解している人から正しく継承することができたのであれば、引き継いだ人はなんの齟齬なく術式を駆動させることができるはずです」
そこで私は口調変えて厳しく問い詰めた。
「ですがその例外があります。すなわち『不正な手段』で精術武具を入手した場合です」
私は彼を鋭く睨みつけた。彼の表情が微妙に変わったのを私は見逃さなかった。
「奪い取る。騙し取る。闇業者から買い取る、そうした不正な手段によって元の持ち主の承認を得られることなく別な人の手に渡った場合、それまで構築され続けてきた術式理論は正しく引き継がれることはありません。当然、手に入れた者は精術武具を正しく使うことなく見当違いの使い方をすることになるでしょう」
そして私は言った。
「そう、あなたのように」
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