デルカッツと恭順の意思

 私は彼を鋭く睨みつけた。彼の表情が微妙に変わったのを私は見逃さなかった。


「奪い取る。騙し取る。闇業者から買い取る、そうした不正な手段によって元の持ち主の承認を得られることなく別な人の手に渡った場合、それまで構築され続けてきた術式理論は正しく引き継がれることはありません。当然、手に入れた者は精術武具を正しく使うことなく見当違いの使い方をすることになるでしょう」


 そして私は言った。


「そう、あなたのように」


 何か反応したげに彼の唇が動いたが私はそれを遮った。


「あなたが本当に正当に正しく、その紅蓮の神太刀なる精術武具を所有していたのであれば、火精の力を実に様々に応用する形で技を行使できていたはずです。

 ですが、私との戦いであなたが繰り出した技の数々、一見派手に見えますが、いずれも単純に炎を生成して噴き上げさせているだけに過ぎません。極めて底が浅いんです。ましてや最後の大技。精術武具は単に点火するだけであり、この部屋の仕掛けに頼っていたなど言うのをご自身で話しているなどとはお笑い草でしかありません」


 そして私はある事実を突きつけた。


「デルカッツ・カフ・アルガルド。あなたに問う」


 私は、砕けてへし折れた紅蓮の神太刀を拾い上げると、それを彼へと突きつけながら言う。


「これは闇業者から買ったものですね?」


 彼は答えなかった。しかし〝違う〟と一言、口にしなかったのが盗品であるという事実を証明しているようなものだった。

 彼の表情が変わった。全てを憎む復讐者の顔から、この世の全てに絶望した敗北者の顔へと。気勢を失い顔色悪く姿勢を落として彼は呻くように私に尋ねてきた。


「なぜだ。なぜあの時私の炎が消えたのだ」


 最後の大技〝赤い絨毯〟の事を言っているのだろう。


「単純な理屈です。炎が燃えるために必要な三つの要素のうちの一つを私の精術で阻害したからです。炎が燃え盛るには熱で空気が対流し、新たな空気が供給される必要があります。しかし、空気が対流するには温まった空気が上昇し、冷えた空気が沈むと言う、〝物の重さによる原理〟が働かなくてはいけません。だから私はその原理部分を止めるために、物の重さの本質である【重力】を停止させたのです」


 私の説明を聞いて彼ははっきりと頷いた。まがいなりにも上級候族になれるほどの人物なのだ、それだけの教養と素養があったのは確かなようだ。


「さすがだな〝エライア嬢〟さすがはモーデンハイムの血筋を引く者だ。軍の中央大学校を飛び級で卒業するほどのことはある」


 彼の口から自嘲が漏れる。

 

「わしごときが敵う相手ではなかったということか」

 

 そして彼は私を見上げながら問うてきた。


「それに加え、失踪していた2年間、お前は職業傭兵として戦場に立ち続け自らを研鑽し続けた。だがワシは何をしていたのだろうな。いや、何に取り憑かれていたのだろう」


 私に敗北し自らの武器を失ったことで、彼は心の中に宿していた矜持をへし折られていた。


「もっと、違う道があったのかもしれん」


 別人のように弱音を口にする彼に対して私は告げた。


「過去を悔いて、罪を悔いる気持ちがあるのであれば、いつか再起は可能です。デルカッツ候、罪を償っていただけますね?」


 その言葉に彼はしっかりと頷いた。


「償う、もっとも、償いきれるものではないがな」


 その言葉は彼が自らがしでかした事の罪の重さを自覚していることに他ならなかった。


「恭順の意思を示していただきありがとうございます」


 それが私が彼にかけられる唯一の言葉だった。

 思えば彼は、故郷を奪われ、家族を奪われ、すがるべきよすがをなにもかも失って、そこからの道を誤ったのだ。彼の野望を後押しした者が2人も居たのも災いした。この過ちの連鎖がどこかで止まっていればよかったのにと思わずには居られなかった。

 とはいえ結末は変わらない。トルネデアスとの外患誘致に関わったのだ。極刑は免れえないだろう。親族にもその類は及ぶだろう。私がデルカッツの身の処遇について思案してた時だ。大広間の入り口の扉が開いた。

 

――ガチャッ――


 その方を振り向けば、そこから現れたのはプロアさんとダルムさん。ふたりともそれぞれの敵を相手に戦い勝ち抜いてここへとたどり着いたらしい。

 

「隊長」

「ルスト隊長」


 二人には熾烈な戦いの後が垣間見えていたが、それでもすこぶる元気だった。

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