プロアの戦場

 正面玄関から分け入って進めば、まずは正面エントランスがあり、その右奥に館の奥へ通じる主通路がある。付近に階段は見られない。

 

「奥へ」


 そう告げながら主通路へと向かう。主通路は人気の居ない調理場をかすめて設けられている。

 主通路を通り過ぎれば、くさび形の広さの控えの間となる。さらにその向こうは使用人区画や作業場だろう。見れば右手の方に大型の螺旋階段がある。

 ダルムさんが言う。

 

人気ひとけがねえな」


 プロアさんが言う。

 

「そらそうだろ。見ろよこの成金趣味」


 そう呆れながら吐き捨てれば、周りを見回しながら言う。

 

「豪華一点主義と言やぁ聞こえは良いが、自分の金持ちっぷりをどんだけ自慢したいんだって話だよ」


 そう皮肉るこの屋敷の内装は、白と金色と極彩色、大理石を思わせる壁や柱に、金箔を貼り付けたのかと思わんばかりの金細工の施された意匠の数々。さらには天井や壁面には腕利きの画家に描かせたのだろう風景画や精霊や妖精を描いた幻想画が施されていた。

 このラインラント砦の立地を考えるなら、これだけの装飾を施すのに芸術家や職人を招くだけでも相当な出費があったはずだ。

 そしてそれだけの資金を集めるためにどれだけの悪事を働いたのか? と言うところだ。


「つまり兵が邸宅内に居ないのは――」


 私は答えを出した。


「この中で戦闘になって内装を傷つけられたら困るってわけね」


 プロアが呆れながら言う。


「そう言うこった。みみっちぃ野郎だぜ」


 ダルムさんが苦笑しながら言った。

 

「行こうぜ。しみったれ野郎をぶっ潰すためにな」


 言葉のやり取りもそこそこに私たちは螺旋階段を駆け上っていく。

 この手の建物の構造から言って館の主の執務室などは2階にあるのが常だ。3階以上はゲストルームや広間になっていることが多い。

 それを考慮に入れて2階を選んだ。

 その2階フロアの控えの間に足を踏み入れたときだ。私たちの前に姿を現した者たちがいた。

 

「お前たちか、侵入者とは?」

「我らが主、捕縛させるわけには行かぬ」


 それはプロアさんと同じか、それより少し若いくらいの男たち。若さを感じさせるその力強い言葉には彼らが自らの主人に対して寄せる信頼と忠誠心がにじみ出ている。

 その服装は、古くから侯族階級にて守られてきたドレスコードである、ルタンゴートジャケットに襟元には古式ゆかしいクラバット、あきらかにこの館のあるじたる領主の近侍か側近の者たちを思わせるなにかがあった。

 その彼らが自ら名乗りを上げた。

 

「俺は政務官アシュゲル」


 そう名乗るのは赤毛の長髪の若者。

 

「同じくハイラット」


 次に名乗ったのは左右のもみあげだけが色が抜けて白髪となったブラウンの髪の若者。

 その彼らが2人、揃って腰に下げた両手用の牙剣を抜剣しながら叫ぶ。

 

「我らがあるじ、俺たちが守り抜く!」


 その叫ぶのと同時に牙剣の刀身が顕になる。金色のその大型の牙剣は抜き放たれた瞬間に稲光を放つ。

 

――ガカッ!――


 雷鳴を響かせながら放電がほとばしる。それは明らかに精術武具の物だった。

 それを見たプロアさんが叫んだ。

 

「インドラの牙!」


 それはその精術武具の〝銘〟であろう。プロアさんが彼らに声を荒げて詰問する。

 

「お前ら! なぜそれを持っている?」

「侵入者風情に答える道理はない」


 言い放ったのは赤毛のアシュゲルだ。

 

「知りたければ俺たちに勝て」


 挑発して返すのはブラウンの髪のハイラット。

 その彼らを睨みつけながらプロアさんは言った。


「先行け、こいつらの相手は数が居たってどうにもならねえ」


 その声にダルムさんが問う。

 

「知ってるのか? あの武器を」

「あぁ、昔ちょっとな」


 その答えは、あのインドラの牙なる武器の特性をプロアさんが知っているということに他ならなかった。

 精術武具への対処法の原則は、その精術武具の素性や性能や威力の程を知っていると言うのが大原則だ。こちらの知らない精術攻撃手段を持っていた場合、どんなに大人数でかかっても一網打尽にされる恐れがあるのだ。ゴアズさんの天使の骨や、カークさんの雷神の聖拳の事を考えればよく分かるはずだ。

 ならば答えは一つだ。

 

「お願いします」


 そしてプロアさんが言葉を返す。

 

「後で落ち合おう」


 そう告げると彼はアシュゲルとハイラットのもとへと駆け出した。1対2の戦いが始まったのだ。

 残されたのは私とダルムさんのみ。

 

「行くぞ」

「はい」


 控えの間の脇に主通路への入口がある。私とダルムさんはそこへと駆け出した。

 次こそが領主、デルカッツとの遭遇になると信じて。

 

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