最終局面

■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――


 

「あれは――あの炎の天幕はカインとアベル!」


 私――ルストはその視界に捉えた巨大な炎のカーテンに思わず目を奪われていた。

 中翼本隊が再び前進し、攻勢に転じた後に離散していた中翼部隊は一つに集まった。そして、別行動となっていたワイゼム大佐も私の護衛として戻ってきていた。 

 部隊全体がトルネデアス制圧へと動いている状況を私と共に差配していた。

 その大佐が私のつぶやきに問いかけてきた。

 

「ご存知なのですか? ルスト指揮官?」


 私は頷きながら答えた。

 

「はい、あの様な力の発動を伴う精術武具についての記述をかつて見たことがあります」


 私は望遠鏡を手に戦場の光景を長めながら言葉を続けた。


「そもそも、名のある銘入りの精術武具は登録が義務付けられており厳しく管理されています。そして、歴史ある銘入りの精術武具についての記録をまとめた目録が作られているのです」


 望遠鏡を顔から離して象の上からワイゼム大佐を見下ろしながら私は続けた。

 

「かつて軍学校で学んだ際に閲覧した登録済み精術武具の総目録にこの様な武具が記されていました。二振りの牙剣が一対となり、息のあった二人の者がそれぞれに所有し同時に行使する、二人同時使用のため極めて希少な精術武具です」


 ワイゼム大佐が問うてくる。

 

「その精術武具の名は?」

「相は火精系ではなく火炎系、銘は『カインとアベルの相克』と言います」


 その名前からくる迫力に大佐も気圧されたかのようにつぶやく。

 

「カインとアベルの相克――」

「はい、共に火精系への適合があり、双子の兄弟のように息があっていることが使用条件。そして今まさに――」


 そう告げた時、私の視界の中で炎の天幕は姿かたちを変え、巨大な炎の不死鳥へと転じた。そして、トルネデアス軍の第2陣へと目掛けて羽ばたいていったのだ。


「我らの陣営にその使用者が居るのです」

「おおっ」

「あれなら寡兵でありながらも敵陣をより効果的に牽制できるでしょう。おそらく敵の第2陣は進軍を止めるでしょう。あれ程の巨大な精術に心を折られるものが続出するはずだからです」


 大佐が感嘆の声を漏らした。そのまばゆいばかりに光輝く炎の不死鳥の羽ばたきを前にして。私も炎の不死鳥の姿にこう語った。

 

「まさに、4大精霊の思し召しです」


 僥倖は更に続く。

 

――パオオオオオオォォォォォンッ!!――


 戦象たちの甲高い鳴き声が戦場の空を超えて届いてきた。その声のする方へと望遠鏡を向ければ、そこに見えたのは、


「戦象が復活している!」


 その光景の意味を私はすぐに悟った。

 

「ドルスたちがやってくれた!」


 大佐も望遠鏡越しにその光景を目の当たりにしていた。

 

「高機動部隊がしてやってくれましたな」

「はい! これで――」


 私は勢い込みながら告げた。

 

「これで敵の第1陣と第2陣を分離できます! 完全包囲も可能です!」


 ワイゼム大佐も声を弾ませながら問いかけてくる。

 

「では! 包囲殲滅に移りますか!?」


 退路は断った、増援はない。そうなれば敵軍の側からすればなすすべはないだろう。敵を完膚なきまでに殲滅する事も容易いはずだ。だが私はその考えを否定した。

 通信師のフェアウェルに告げる。

 

「左翼前衛に打伝」

「はい」

「囲いの一部をわざと開けるように指示! 敵の逃亡を誘発させなさい」

「了解打伝します!」


 私のその判断に大佐は驚きの声をあげた。

 

「殲滅なさらないのですか?」

「はい」


 私はその理由を告げる。

 

「逃げる隙が生まれれば、攻撃指示を無視して逃亡するものが現れます。その事実が全体の士気をさらに低下させる。しかし、完全包囲し殲滅をまで行えば、死にものぐるいの抵抗を生み、こちらにも甚大な被害が避けられません」


 私は今回の戦いの意味を言い含めるように告げた。

 

「本戦闘の目的はあくまでも国境線の防衛と、密約による不当な侵略行為を打破することです。ワルアイユ領をかたく守り、領民の帰還が可能であるならば、それ以上の戦闘行為は過度であると判断すべきです」


 私のその判断をワイゼム大佐は否定しなかった。

 

「心得ました。指揮官の判断を尊重します」

「ありがとうございます」


 私がそう答えた時通信師のフェアウェルが告げる。

 

「指揮官へ、左翼前衛から指示を了解したとの返答ありました」

「了解です。さらに全軍伝達」

「はい」

「敵兵に逃亡の動きあれば、追撃へと移行します。ただし無理な殲滅行動は厳禁とします」

「了解、全通信師に同時打伝します」


 私は心の奥底で、この大規模野戦が収束へと向かいつつあることを感じながら語る。


「敵兵と言えど一般兵は軍令と徴用で集められたに過ぎない。無理にその生命を断つ必要はありません。しかし――」


 私はそれまで心の奥に抱えた憤りを表すように吐き捨てた。

  

「アルガルドの悪人たちと結託した汚れた指揮官に安楽な逃走は許さない」


 そして、私は戦場を一望しながらこう告げたのだ。


「敵軍第1陣指揮官を可能な限り捕縛! 逃走を阻止!」

「了解です。全軍伝達します」


 戦いはいよいよ、最終局面へと向かい始めたのだ。

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