神罰の矢

■左翼後衛、部隊長バルバロン・カルクロッサ――


 

 今、フェンデリオルの国境防衛市民部隊は完全にトルネデアスの越境軍を包囲しつつあった。その囲みの一部が意図的に開けられ、そこから徴用兵を中心として逃走が始まった。それを正規兵が必死に押し留めようとしている――

 そんな光景が彼に目には写っていた。

 彼は左翼後衛の弓兵部隊の部隊長を任ぜられていたバルバロンだ。

 左翼後衛部隊はすでに小隊単位で散開して他部隊の支援に移るように指示がくだされていた。そして部隊長であるバロンには個別任務が与えられていた。

 彼は自軍集団から離れて少し小高い場所へと位置を変えていた。距離もかなり離れており、全体を見渡せる位置にある。

 

 その傍らには弓技能者の補助的役割である〝矢掛け〟の役目のラジア少年が付き従っている。

 

「バロンさん。こんなところまで離れてどうするんですか?」


 ラジアからのその問いにバロンが問い返す。

 

「愚問だぞ。ラジア、判らんか?」


 その問い返しにラジアは答える。

 

「わかりません。狙撃をするには距離がありすぎます」


 バロンは自らが弟子のように捉えていた少年からの答えを諌めるように強い口調で告げた。

 

「お前は、まだこの〝弓〟の真価が解っていないようだな」


 そう語りながらあらためて取り出したのは弓型の精術武具〝ベンヌの双角〟だ。

 ルストの見立てでは少なくとも700年は過去の物だと言う。古より伝えられた代物だった。

 バロンはベンヌの双角を左手で構えながら言う。

 

「なぜこの弓がワルアイユのこのメルト村の地で代々継承されてきたのか? その意味をしっかりと理解するべきだ」


 バロンのその言葉の意味をラジア少年は理解するまでには至っていなかった。だが、そこで反発するような愚かさは彼にはない。ただ沈黙をもって師たるバロンの技を見守っていた。

 

「ルスト隊長から、この弓の扱い方と機能について聞いておいたが、このベンヌの双角を用いれば、ここからあの戦場の中の目標を射抜くことが可能だ」

「ここから?」

「そうだ」


 そして、バロンはラジアの方へと右手を差し出す。射抜くための矢を求めたのだ。ラジアがバロンに矢を差し渡す。それを受け取りベンヌの双角につがえながらバロンは語った。

 

「この弓には風精と火精の2つの属性がある。その双方を行使することで最強の狙撃が可能となるのだ」


 ベンヌの双角の長さは3ファルド4ディカ(約130センチ)ほどで、形状に独自の特徴が見られる。

 左手で持つことになる握りの部分がゴツく太く、また中央部に前方への張り出しがある。さらにはその弓の表面には古代文字が彫られていた。今から700年前のものだと言う。

 

「精術における風精と火精の働きについてはこう語られている。風精とは、吹き抜ける風のそのものであると同時に、風にのって伝えられる〝知らせ〟だと言う。火精とは、燃え上がる炎であると同時に、動こうとする〝力〟そのものだと言う」


 バロンはラジアから渡された弓をつがえて、ベンヌの双角の弦を引く。

 

――ギリッ、ギリッ――


 弓の弦が音を立てて引き絞られている。

 

「すなわち、風精の働きによって目標とする者の姿と位置を捉え、火精の働きによって矢の到達距離を限界以上に引き上げる」


 バロンの意識は今、ベンヌの双角の精術機構と繋がりつつ合った。

 

「それがこのベンヌの双角と言う精術武具の真価ということだ」


 バロンの意識が、つがえられた矢とリンクする。そして、限界までに引かれた弦を放つときだ。

 今、ベンヌの双角の精術機構を発動させる聖句が詠唱された。

 

「精術駆動 ――神罰――」


 バロンの右手が弦を離した。

 

――カアンッ!――


 甲高い音が鳴って矢が放たれる。放たれた矢は青白い炎を拭き上げながら戦場の空を飛ぶ。そして、その矢にはバロンの意識その物がつながり、バロンは今、戦場の光景を大空から見下ろしていた。


「どこだ、敵指揮官は」


 戦場をつぶさに眺めれば、駱駝に騎乗した一人のトルネデアス軍人の姿がある。バロンは直感でそれが敵指揮官だと判断した。

 

「そこか!」


 気合一閃、矢が青白い炎をなびかせながら目標目掛けて一直線に飛んでいく。

 断罪の矢を、裁きの矢を。

 戦場を横薙ぎに駆け抜けて、青白い炎を纏った一条の矢は、一人のトルネデアス軍人を貫いたのだ。

 

 矢を打ち放ち、命中させたのちに、バロンの意識は戻ってくる。

 ベンヌの双角を下ろしながらバロンは唱えた。

 

「手応えあり」


 バロンは任務を成功させたのだ。

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