カークと石壁
■左翼前衛、部隊長ダルカーク・ゲーセット――
ゴアズの右翼側が動いたのと同じ頃、左翼側においても動きがあった。先陣を切ったのは部隊長のダルカークだった。
「敵陣を包み込め! 包囲を完成させるぞ!」
彼の怒号に部隊にて彼に従う傭兵たちが叫ぶ。
「おおおおっ!」
そして、カークは士気を鼓舞するためにあの言葉を叫んだ。
「
それに呼応して左翼部隊の傭兵たちが叫ぶ。
「
ルスト指揮官から来た指示と同時に一斉に前進する。弾性包囲を完成させるためには距離の遠い、敵陣後方が逃げ広がるのを阻止する必要がある。その露払いをしたのは誰であろうダルカークだった。
両手に装備した籠手型の精術武具〔雷神の聖拳〕の予備動作はすでに済んでいる。いつでも使用可能だ。自分自身の視界の中で敵兵の存在を認識すると彼は攻撃を発動した。
「精術駆動!!」
そう叫びながら軽く跳躍する。そして、両の拳を地面へと突き立てながら聖句を詠唱した。
「雷光疾駆撃・万雷業火!」
それは雷神の聖拳で出来る最大規模の攻撃だった。雷神の聖拳が地面へと打ち込まれる瞬間、稲妻が炸裂して大地が軽く吹き飛ぶ。そして、そこからほとばしるのは大地をひた走る雷光。
稲妻が大地を走る。
幾重にも、幾条も、重なり分岐しながら、そして、カークの前方の大地へとまたたく間に広がる。それはメルト村の林の中でも使った技だが、その規模や威力はその時の比ではない。考えうる広大なエリアを一気に殲滅する。
――ガカアッ!!――
雷撃が空間を響かせながらひた走る。それはまさに光り輝く餓狼の群れ。獲物を貪らんとする凶暴なる牙だ。数え切れぬほどの雷撃がトルネデアスの兵卒たちへと襲いかかった。
――ゴオオンッ!――
雷撃が炸裂し地面ごと吹き飛ぶ。人体が閃光に包まれると同時に燃え上がる。雷撃の力で全身がしびれその場で崩れ落ちる。その数、数十人規模。攻撃初期の露払いとしては十分な成果だ。
「かかれぇええ!」
その言葉を皮切りとして全体が一斉に動いた。
まずはさらなる追い打ちとして精術武具所持者がカークに続いて攻撃を始める。こちらは火炎系の精術武具が大半を締めていた。
「精術駆動!」
その言葉を口火としていくつもの精術武具が発動する。火球と爆炎とが投げつけられ敵陣を更に吹き飛ばす。
だがトルネデアス側もそれに抗するために砲火兵を繰り出してゆく。
こちらは
だがその時、フェンデリオル側から進み出る影がある。温かみと深みのある年を経た女性の声だった。
「精術駆動! 石棺障!」
そう聖句が告げられれば地面から、横6ファルド縦13ファルド〔約2m×5m〕ほどの石版が瞬時に大地を割って出現する。
――ゴオンッ! ゴオンッ! ゴオンッ! ゴオンッ! ゴオンッ!――
それが連続で10枚ほど地面に打ち立てられた。
皆が安堵する中でカークはその精術を駆使した者の名を呼んだ。
「オベリス!」
その名で呼ばれたのは初老の女性だった。二つ名は〝石壁のオベリス〟
栗毛で短髪、全身を分厚いローブで覆っている。年の頃40代後半と言ったところだろう。だがオベリスの声は不機嫌そうだ。
「なにボヤッとしてるんだい! 雷神の! 突っ込むだけの猪武者かい!」
無警戒に突っ込んで行ったことが不満らしい。だがカークは言う。
「何を言う。あんたが居たのが見えたから、石棺を仕掛けてくると読んでたんだ」
「へぇ、そうかい。それならご期待に応えられたみたいだね」
そう答えながらオベリスは右手に所持した竿型の精術武具を地面へと突き立てた。竿の先端には七芒星がかたどられている。
「守りは任せな。あたしとこの〔―ギガスの櫛―〕にね」
それは銘入りの精術武具だった。系は地精系、大地へと直接操作を行う造形機能を有した武具だ。攻撃よりは守りに特化した精術武具と言えるだろう。
二人がやり取りをしている間にも、傭兵たちは進撃を続ける。
「早く行きな! 遅れをとるよ!」
「あぁ、行かせてもらう」
そう言葉をかわしながらカークは走り出した。
今、敵との初合のさいの遠距離武器でのやり合いを経て、白兵武器での合戦の段階へと移行しつつあった。
「敵の後退と逃亡は抑止できているな。よし――」
兵集団の群れをかき分けながらカークは先頭へと躍り出ると叫んだ。
「逃すな! 敵陣の左右への広がりを抑えて、包囲を完成させろ!」
「おう!!」
今、左翼陣の至るところで鍔迫り合いが起きている。槍やサーベルを持ったトルネデアス兵を、大小様々な牙剣を振るうフェンデリオルの傭兵たちが押し返している。勢いは最高潮だ。
カークも敵陣の中へと飛び込んでいく。
――ゴキッ!――
カークの右の籠手が炸裂する。敵兵の一人を武器であるサーベルごと右拳の一撃で吹き飛ばしながら彼は叫んだ。
「左翼前衛! 全部隊
「おおおおおおおっ!」
カークから発せられた突撃命令が瞬時に広がる。
「
まるで返句のように〝四つの光を〟の言葉が帰ってくる。そして、地津波のようにフェンデリオルの傭兵がトルネデアスへと襲いかかろうとしている。もはやここに至っては趨勢は完全にフェンデリオル側へと傾きつつあったのだ。
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