ゴアズの痛み

■右翼前衛、部隊長ガルゴアズ・ダンロック――



 続いて、フェンデリオル側陣営右翼、そこでも新たな動きが始まっていた。

 部隊長であるガルゴアズが叫んだ。

 

「進め! 敵、本隊を逃すな!」


 その言葉と同時に何よりも早く先陣を切って駆けていたのもまたゴアズだった。

 だが彼にはもう一つ別の意図もあった。

 右翼前衛の兵集団の群れから離れ、単独で進み出るとある攻撃を仕掛ける。

 両腰に下げていた、二振りの大型の牙剣を抜く。そして、左の牙剣を前方へと突き出すように構える。

 彼が所有する精術武具『天使の骨』だ。それは〝音〟を媒介とする極めて珍しい物だった。

 

「精術駆動」


 そう唱えてから一瞬だけ止まる。


「射角指定、前方左右60度、前方上下40度、対象無指定」


 前方へと突き出した牙剣の切っ先を正確に敵陣へと向ける。そして精術発動の聖句を詠唱した。 


「――魔響殺――」


 右の牙剣を振り下ろし、前方へと突き出しておいた左の牙剣へと打ち据える。2本の金属棒を打ち据えて音を響かせる要領で二振りの牙剣を響かせた。彼の前方へとその恐るべき音は鳴り響く。

 

――コォォォォォン――

 

 その音は実に耳に心地よい。だがその音の本質は恐るべきものだ。

 

――バタッ、ドサッ――


 敵陣のゴアズに近いほうで数十人規模で敵兵がバタバタと倒れていく。糸が切れた人形のように崩れ落ち、それっきり動かなくなった。

 魔叫殺の音は人間の脳神経に作用する。心臓を止め、呼吸を止める、速やかな死をもたらす。

 火炎でも、風爆でも、質量でもない、目に見えない突然の死にはどうすることもできない。だがその威力故にリスクもある。

 

「流石に対象指定をすると反動が大きいか」


 ゴアズはその両手に強いしびれと痛みを感じていた。強力な武具であるがゆえに使用者自身にもその作用が跳ね返ってくるのだ。だがそれを軽々しく他へと悟られるわけには行かない。

 素知らぬふりをして再び歩き出すと号令をかける。

 

「攻撃の手を緩めるな! 敵に横の動きをさせず包み込め!」


 ゴアズが率いる右翼部隊が前進を続けている。それに抗するためにトルネデアスは左右へと広がろうとしている。それをいかに阻止するかが包囲殲滅を成功させるもう一つの鍵となる。


「そうはさせん!」


 そう叫んでゴアズは再び天使の骨を構えた。

 

「精術駆動! 射角指定、前方左右20度、前方上下30度、対象無指定、高圧収束!」


 前方へと向けた左の牙剣へと右の牙剣を振り下ろしながら聖句を詠唱する。

 

「――魔響殺・音撃槍!――」


 攻撃対象を極めて絞った魔響殺で言わば音の砲撃、それが横へと展開して自軍を広げようとするトルネデアス兵を足止めする。それと同時にゴアズは叫んだ。

 

「一斉攻撃!」


 その叫びとともに右翼前衛の精術武具所有者が、一斉に攻撃を開始した。

 火柱が、風爆が、礫塊が、水雷が、敵陣へと襲いかかり続ける。精術武具はフェンデリオルの最大の戦力だ。 

 対するトルネデアス側からも精術武具への対抗手段である砲火兵が進み出てくる。その手には中翼部隊を襲った火竜槍マドファの他にも、可搬式の両手持ち火砲や、手投げ式の陶器製の手榴弾もあった。

 

 フェンデリオルもトルネデアス側の〝圧倒的数〟と言う脅威に対抗するために必死になって精術武具を生み出したが、

 トルネデアス側も精術武具と言う強力な兵器に対抗するために必死だったのだ。

 火竜槍が火を吹きはがね矢が降り注ぐ。両手持ち火砲がナフサの混ぜられた粘土玉を打ち出し、腕力自慢が両手持ちの竿型カタパルトで手榴弾を投げつけた。

 双方で爆炎と風雷が鳴り響き一進一退が続くが、ここでも有利だったのはフェンデリオルの精術武具だ。

 地精系の精術武具が土塁を瞬時に構築し、水精系の精術武具が敵の火炎武器を無効化する。風精系の精術武具が手投げ弾を押し返すと言う光景も見られた。

 当然、火砲であるがゆえに弾切れも起こる。一度撃てば再充填に時間のかかる砲火兵は不利となる。

 

「押せ! 押し戻せ! 敵第1陣だけならば我らと総数は変わらん! 後詰めの第2陣が合流する前に制圧しろ!」

「おう!!」

「了解!」


 そして部隊長であるゴアズの号令が響いた。

 

突撃ストゥルーミ!」

 

 敵砲火兵の攻撃が下火となった隙をついて突撃号令がかかった。こうなれば足の早い機動部隊の面目躍如となる。

 今まさに戦列の右翼前衛で、フェンデリオルの傭兵たちが〝襲いかかった〟


 そして、それは反対の左翼側でも起きていたのだ。

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