火竜槍と樹氷

 敵を倒す脅威を失った者を戦場は相手にしない。フェンデリオルもトルネデアスも敗北者となったマンスールを無視した。切り込み部隊の仲間ですらも――


「引け! 引けぇ!」


 第1陣本隊から間延びして踏み込んでいた切り込み部隊全体に号令がかかる。戦局が動いた今、状況を立て直すべく、本隊に再統合する必要がある。指揮官であるアフマッドのもとへと戻り始めた。

 正規軍兵を指揮するエルセイ少佐が叫ぶ。

 

「追え! 本隊に合流させるな!」


 だが――

 

――ドオオオオンッ――


 大音響が炸裂する。火薬を用いた可搬兵器・火竜槍マドファだ。

 両手で抱えられるくらいの大きさの金属と陶器でできた筒状の容器の中に、火薬と金属製の小さめのはがね矢が無数に仕込まれていた。それ導火線から点火することで爆発を生み、数多のはがね矢を弾雨の如く降り注がせるのだ。

 

「まずい!」

 

 ギダルムが焦りを口にする。その時だった。

 

「精術駆動! ――氷床壁!――」


 一人の職業傭兵の女性の声が響く。その叫びとともにフェンデリオルの傭兵や正規兵を護るかのように、空間に巨大な氷壁が出現した。地面から水柱が吹き上がるかのように氷の柱が打ち上げられていく。そしてそれにより構成された氷壁は火竜槍マドファの打ち出した多数のはがね矢を食い止めたのだ。

 

――ガッ! ガキッ!――


 はがね矢が氷塊に食い込み、氷壁はまたたく間に崩れ落ちていく。それと入れ替わるようにさらに詠唱が続く。

 

「精術駆動! ――火榴弾!――」


 一人の職業傭兵の男が大振りな牙剣を下から上へと振り上げる。その刀身から火炎の塊が飛び出し、空中へと飛んでいく。そしてそれは、

 

――ドオンッ――


 爆音を上げて炸裂して、炎の雨を降り注がせる。それは敵への確実な追い打ちとなった。

 氷の精術武具を行使した女性傭兵が言う。

 

「よかった! 発動準備間に合った」


 ダルムが声のした方を振り向けば、年の頃30くらいの女性傭兵だった。戦歴をかなり積んだ実力派だ。その手に握られているのは槍状の精術武具だ。


「ロレアンか!」


 〝樹氷のロレアン〟それが彼女の二つ名だ。

 

「炎天下だから氷系の精術武具は不利なんだけど、その分、時間を込めて予備充填してたのよ」


 赤毛で長髪のその女性が語る言葉を、ダルムはねぎらう。

 

「助かったぜ。砂モグラの火竜槍マドファは洒落にならねえからな」

 

 そしてダルムは更に告げる。


「連発は出来るか?」

「できるわよ。それだけの予備充填はしておいたから」

「よし――」


 ダルムがさらに号令を発した。

 

「精術武具使用者は前へ出ろ! 敵の火薬兵器に対抗する!」


 その声に応じて多くの者が進み出てくる。全兵力に対して4分の1と言うところだろうか。精術武具は威力は絶大だが、それだけで戦局が制圧できるわけではない。個々により特性が異なるし使い所と言うのがあるのだ。

 ダルムは周囲の状況を確かめながら更に声を発した。


「敵本隊を制圧する!」


 その声に周囲が一斉に声を上げる。

 

「おう!!」


 フェンデリオル側、中翼前衛は再び前進し始めた。敵の本隊を確実に制圧するために。

 

 逃げるトルネデアスを、追うフェンデリオルが攻める。その構図が完成しつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る