双剣のマンスールと鬼神のソウゴ
敵兵の巨躯が崩れ落ちる。だがダルムは一瞥もしない。
「次――」
重く唱える一言が、周囲のトルネデアス兵に響く。それは恐怖をもって広がっていく。
「うわ」
「やべぇぞ」
おそらくは徴用兵なのだろう。全軍が勢いを持っている時なら強気になれるだろうが、前線の主力とも言える白兵戦力が安々と討ち取られると言う光景は士気を削ぐにはあまりにも効果的だった。
トルネデアス兵が逃げ腰になるのを見て、フェンデリオルの職業傭兵も正規兵も勢いづく。
「鉄車輪に続け!」
「傭兵に遅れを取るなぁ!」
その叫びにふさわしいほどにフェンデリオルの戦士たちは攻撃する。
フェンデリオルの牙剣と、トルネデアスのサーベルとが撃ち合い、至るところで敵兵が切り伏せられていく。
さらにはもう一つの、価値ある一騎打ちが始まろうとしていた。
「お主が
そう叫んだのは東方風の袴姿の若者だった。
「いかにも」
そう答えたのはトルネデアス切り込み部隊の隊長だった。
袴姿の彼が名乗る。
「正調、鬼神のソウゴ」
それに名乗り返す切り込み部隊隊長の頭部には、ターバンを巻きその額には百人長の階級を示すルビーがはめ込まれた徽章が輝いている。
「百人長、双剣のマンスール」
相互に名乗り合い、一騎打ちの手はずは整う。ソウゴは告げる。
「
御印とは戦場での敵の首のことだ。だがマンスールはそれを鼻で笑った。
「笑止、お主の腹をかっさばいてやるわ」
そう言いながらマンスールはもう一本のサーベルを抜く。ソウゴがつぶやく。
「二刀流か、ならば――」
そう答えながらソウゴも左腰に下げたもう一本の倭刀を抜いた。エントラタの武人の正装には倭刀を二振り下げる流儀がある。大刀と小刀だ。大刀の方が長さがあり、大刀を利き手で扱うことになる。それに対して、マンスールの双剣はどちらも同じ長さだ。
マンスールの双剣と、ソウゴの二刀流――
奇しくもここでも同じ様な剣技巧の者が向かい合う形となった。
先に仕掛けてきたのはマンスールだ。
「ハイーッ!」
気勢を上げながら双剣を繰り出していく。剣先をいちど、肩上の方へと振り上げながら、右上から左上から、斜め下に切り下ろすように交互に斬りつける。
「ハイ・ハイ・ハイッ!」
勢いを重視した切り込み戦法だ。だがそれに対するソウゴの剣は落ち着いたままだった。
右手で大刀を持ち、左手で小刀を持つ。右手の大刀を斜め下に控えさせて、左手の小刀を眼前で斜め上に突き出して構える。防戦主体の守りの構えだ。
一気に踏み込み双剣を乱舞させるマンスールに対して、上下2段に構えたソウゴの剣は静かなままだった。
マンスールの打ち込みを小刀でいなし、再び繰り出されるもう一つの剣を控えさせた大刀で払いのける。さらなる切込みには歩法を駆使して絶妙な間合いで躱す。戦いは終始、攻めるマンスールに対して、ソウゴは守りに徹していた。
「どうした!? 一太刀も打ち込めぬか?」
そう叫んだときだった左の小刀でマンスールのサーベルの切っ先を躱しそこなった。ソウゴの左袖が避け、その下の左の上腕が血をにじませた。
「もらった!」
それをソウゴの守りの限界と見たのだろう。マンスールは勝負に出る。双剣を同時に腕を交差させるように振り上げる。
――ズンッ!――
左足を踏み込み、一気に飛び込むと右足を踏みしめながら双剣を斬りつける。そしてそこでソウゴの胸ぐらを斬りつける――はずだった。
――ブォッ――
だがマンスールの双剣は虚しく空を切った。マンスールはそこに信じがたいものを見る。
「な、なぜそこに」
ソウゴの体はいつの間にかはるか後方へと下がっていた。歩みにして3歩も4歩もあるだろう。〝
ソウゴが左足を踏みしめて全体を飛び出させる。そして、右足を踏みしめるのと同時に右の大刀で〝突き〟を繰り出す。
その時のソウゴの踏み込みはマンスールの踏み込みとは雲泥の差であった。まるで空を飛ぶかのように遠くの間合いから一気に攻め寄ってきたのだ。まるでパイクのような長槍で突き込まれたかのように。
――ズブッ――
鈍い音ともにソウゴの大刀がマンスールの腹に深々と突き刺される。さらに余る左の小刀が振り下ろされ、マンスールの右腕を根本から切り落とす。
その連撃、一瞬のこと。
ソウゴがマンスールに吐き捨てる。
「
腹を切られ、利き腕を切られたマンスールがその場に崩れ落ちる。ただし命は奪われていない。ソウゴは剣を引き抜きながら告げた。
「今まで己より弱い者としか殺りあってこなかったのだろう。技のすべてが甘い。御印を取るまでもない」
そしてそれっきりマンスールには一瞥もくれなかった。
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