痛烈なる手土産

 戦意に沸き立つメルト村の人々――その盛り上がりに私自身があてられたように興奮していたが、その傍らからプロアさんから問いかけられた。


「隊長、もう一つお土産だ」

「えっ?」


 私の隣でプロアさんが懐から取り出したのは数通の書類だった。それを私に渡しながら彼は言う。


「ガロウズって野郎のオフィスからパクってきた密約の証拠だ」

「へ?」


 ちょっとまった。なんでそんな物があるのよ!

 驚きのあまり思わず漏らした間抜けな声に周りが戸惑っている。そんな空気を楽しみながらもプロアは話し続けた。


「帰り道のついでに漁ってきた」

「まさか、西方司令部から?」

「あぁ、3階の窓から潜り込んだ。有閑マダムのおばさんとこに夜這いするより楽だったぜ」

「はいはい――ノロケは良いから」


 まったく、せっかく感心したと思ったらすぐこれだ。苦笑しつつ私は問いかける。


「それで?」


 私の言葉にプロアさんは口元に笑みを浮かべつつ続ける。


「これを見ろ」


 その言葉は周囲の人々をひきつけた。査察部隊の仲間たちだけでなくメルゼム村長やアルセラも覗き込んでいた。そんな彼らにも聞こえるようにプロアさんは説明を始めた。


「こいつはトルネデアスの第7将軍のアフメッドってやつとの往復書簡だ。それもかなり前からだな」


 私は、突き出された書簡を手に取るとそれに声に出して読み始めた。


「これは――『そちらからご提供いただいた〝馬鈴薯〟は指定数分確かに受領いたしました。つきましては次回の発送の時期を知らせたし』――馬鈴薯?」


 私の疑問にダルムさんが言う。


「隠語だろう。地面から掘り出すって意味でおそらくはミスリル鉱石の事だろうな」

「なるほど――日にち、個数、受け取る場所まで明確に書いてある。でもなぜ?」


 そう疑問を口にすればプロアさんは答える。

 

「トルネデアスの連中は口約束を嫌うんだ。どんな約定も〝神の名における制約〟として書面にするんだ。この手紙はそのための物だろうぜ」

「なるほど――、向こうが内通していた確かな証拠ってわけね。これは良いわね」


 感心するのはまだ早かった。彼の仕事の見事さは数段上だったのだ。


「それともう一つ――連中の悪巧みの確証となるものだ」


 彼がもう一通、懐から取り出したのは高級羊皮紙に記された約定書面だった。そしてそれはアルセラにも見覚えのあるものだ。


「それは! お父様の印章と花押かおう!」

 

 それは――

 

――【ミスリル鉱脈の流通にともなう資材搬出命令書】――


 ――署名はバルワラ・ミラ・ワルアイユ候の物であることを示すサインと印章と花押が添えられている一見すると本物に見えるだろう。


「これ――ミスリル鉱石の搬出指示書――本物なの?」


 アルセラの不安を和らげるようにと、私が問えば、プロアさんは冷静に答えてくれた。


「おそらく印章だけは本物だろう。だが、サインと花押は偽造の可能性が高いな」

「それなら――」


 ダルムさんが口添えする。


「――然るべき所で精査させればすぐに分かるはずだぜ。特に侯族の花押は専門の公認鑑定官が居るから確実だ」

 

 その言葉に頷きつつ私は言う。

 

「たしかバルワラ候の代官のハイラルドって人が居なくなってたわね」


 ドルスさんが興奮気味に言う。


「それだ! 代官職だったら印章も持ち出せるし、サインや花押は見慣れている。模倣するのは容易なはずだ」

「そして、この書類をでっち上げの証拠として、ワルアイユ領への嫌疑をふっかけていたわけね?」

 

 導き出された答えにプロアさんも頷いていた。


「俺もそう思う、そして、今回の信託統治委任の強制執行を仕掛ける嫌疑の一つとしてこの書類が使われていたってわけだ」

 

 結論は出た。証拠もある。これで出るところに出れば少なくともワルアイユへの嫌疑は晴らせるはずだ。

 私とプロアさんを中心に皆で頷き合うと、プロアさんは私へと言う。

 

「これはお前が預かっててくれ。指揮官役の人間が持つほうがふさわしい」

「はい!」

 

 私の傍らではアルセラもようやくに安堵の笑みを浮かべている。その彼女に私はそっと告げたのだ。

 

「これでお父さんに掛けられた疑いを晴らすことが出来るわね」

「はい――」

「あとは――」


 その声にカークさんが続ける。

 

「あの〝砂モグラ〟野郎を追い払うだけだな」

 

 ドルスさんがうなずく。

 

「あぁ」

 

 そして、私は後方の強制執行部隊を見つめて声を漏らした。

 

「さぁ。あなた達はどうするのかしら?」


 その声に即座に答える者はまだ居なかった。

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