指揮官『エルスト・ターナー』

「隊長!」

「プロアさん!」

「またせたな、お望みの品、持ってきたぜ」


 プロアさんの声にバロンさんが訝しがる。


「望みの品?」

「実はな――」


 プロアさんは背嚢を下ろし、その中身を探りながら答える。


「これを取りに行ってきたんだ」


 懐と背嚢から4つほどのアイテムを取り出すと、その一つを私へと手渡してくる。

 

「そら、前線指揮権の委任証だ」


 それは間違いなく本物だった。


「ありがとうございます!」


 羊皮紙にて作られた軍令証書『前線指揮権委任証』に間違いない。だが、プロアの手土産はそれでは終わらない。残る3つのアイテムを手渡してくる。


「これは、向こうでお前のことを知っている正規軍の人たちからの心づくしだ」

「え?」


 予想外の事に驚きつつも、私はそれを受け取り中身を確かめる。


「これは――指揮官徽章きしょうとフェンデリオル国旗、そして、正規軍の旗印バナー


 旗は私の手を経てドルスさんとゴアズさんが受け取ってくれる。私の手に残ったのは指揮官の証である徽章エンブレム――

 そんな私に彼は告げた。

 

「伝言を受け取ってきた。聞いてくれ」


 頷きつつ、その言葉の先を私はじっと待った。

  

「『俺達は離れていても同士だ』――そう言っていた。武運を祈るとな」


 離れていても同士――その言葉によって思い出されるのは懐かしい学び舎と軍学校時代の嘗ての仲間と恩師たちの顔だった。2年前に私が手放してしまったものだった。それが今も消えることなくこの手に帰ってきたのだと思わずには居られない。

 

「みんな――」


 胸の中が熱くなり、思わず涙目になりそうになる。だが私はすぐに目元を拭いつつ顔を上げた。

 私の周りでは皆がざわめいている。

 特に元軍人の人たちは、プロアが運んできてくれた物の意味を即座に理解して色めき立っていた。

 

 ゴアズさんがプロアさんに問う。

 

「それを取りに行ってたんですか?」

「あぁ、隊長の依頼でな。モーデンハイム家の本宅まで行ってきたんだ」

 

 さらにはカークさんも。


「本宅? 中央首都か?」

「あぁ――」


 その傍らで私の手にしていた委任証を見てアルセラが尋ねてくる。


「これはなんですか?」

 

 その問いに答えたのはゴアズさんだ。

 

「これはフェンデリオル正規軍の中央幕僚本部が、市民義勇兵や職業傭兵を中心とした臨時部隊の戦闘行動に対して、国土防衛・国境線維持のために必要な戦闘行動とそれに関連する行動のすべてを認め、それを統括管理する指揮権者の指定を承認する、正式書面ですよ」


 その難しい説明を、カークさんがわかりやすく要約する。


「つまりだ――、軍の上の方が、西の向こうから来たアイツラを叩きのめすために、ルスト隊長を正式な指揮官として承認したって事なんだよ」

「本当ですか?」

「あぁ、これで気兼ねなく戦うことが出来る。市民義勇兵を勝手に動かしたと言いがかりをつけられることもなくなったからな」


 そうだ。

 これで胸を張って戦場に向かうことが出来る。

 これこそが、私が講じていた〝非常手段〟の正体――

 カークさんが私の隣で、市民義勇兵の人たちへと叫んだ。 


「良く聞け!」


 力強い声が轟く。皆の視線が一点に集中する。


「俺たちの行動はあのトルネデアスの連中との戦いにおいて正式な行動と軍本部に承認された! このエルスト・ターナーがその指揮官となる!」


 そしてプロアが私が手にしていたあの指揮官徽章を手に取ると、皆へと向けて天高く掲げた。それは何者にも代えがたい輝きを放っていた。

 

「見ろ! これが指揮官であることを認める、指揮官徽章リーダーズエンブレムだ!」


 白銀と金色に輝くメタリックエンブレム――それをプロアさんが私の胸元へとつけてくれた。

 そしてプロアさんから渡された2つの旗が広げられる。

 フェンデリオル国旗はバロンさんとゴアズさんが掲げた。


――大地を表す緑と、水を表す水色の水平2分割――

――その上に風火水地をあらわす〝シャンタク鳥〟〝サラマンダートカゲ〟〝銀色大海蛇〟〝黒色狼〟がそれぞれあしらわれている――

 

 さらにフェンデリオル正規軍旗印はカークさんとドルスさんが掲げる。


――白地の上に、市民を示す戦杖が青で、正規軍人と侯族を示す牙剣が赤で、たがいに交差するように描かれている――


 その2つの旗印は私たちフェンデリオルのシンボル、

 そして、私たちの民族の〝誇り〟

 その2つの旗がたなびく中で私は高らかに叫んだ。 

  

「この戦いのことわりは我らにあり!!」


 その言葉に答えるように、市民義勇兵のたちの間から雄叫びが轟いた。そして勢いはとどまることを知らなかった。

 

「おおーーーーーーっ!!」


 雄叫びは津波となり、その周辺へと轟いていく。そしておそらくは、私達を見守っているであろう執行武隊の人々にも聞こえているはずなのだ。

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