中央首都からの帰還者
残り一人はパックさんが連れてきた象の使い手なので特別にお願いする事があった。彼もそれを察したらしい。
『あなた、名前は?』
私の問いかけに怯えずに答えてくれる。
『ぼく、ホアン――』
『そう、私はルスト。よろしくね。一つお願いがあるんだけど』
そのホアンと言う少年は私が想像したよりも聡明だった。
『分かってる。僕の象を使いたいんでしょ?』
『えぇ、戦い場の流れを見るのに協力してほしいの』
とは言え、戦場のど真ん中の立つことになる役目だ。流れ矢だって考えられる。だが――
『分かった。象を戦わせるのは無理だけど、それくらいだったら出来るよ。それに助けてもらった恩返しもしたい』
――恩には恩を返す。人として当たり前の事が彼には身についていた。
我欲で人を踏みつけにするような連中と比べれば、どれだけ立派だろうと思わずにはいられない。
その時だ。
「ルスト隊長!」
通信師の少女が告げる。
「物見台より入感です!」
「話しなさい」
「はい、敵戦列、進行止まりました」
「ご苦労。また何か入感あれば伝えなさい」
「はい!」
次にドルスさんたちやメルゼム村長やアルセラ嬢にむけて私は告げる。
「戦列の前進が停止したそうです! 敵が混乱を生じています。威圧行動の主戦力として用意した戦象を打破されたためです」
満足気にうなずくのはメルゼム村長だ。
「でしょうね。あの戦象でこっちを混乱させパニックに陥れてから悠々と蹴散らそうとしていたのが、この結果ですから」
そして、アルセラが言う。
「敵の進軍再開まで余裕ができましたね」
「はい――まずは初手で狙い通りです」
一時はどうなるかと思ったが、それも今では杞憂だ。
象の背から地面へと軽々と飛び降りてきたパックさんへとへ視線を向けつつ言う。
「それもすべて、パックさんのおかげです」
だが彼は落ち着き払ったままだ。両手を重ねて
「機を見て私に活躍の場を与えてくださった指揮官たるルスト隊長のおかげです」
――彼の謙遜の言葉は止まない。そこにカークさんが言う。
「そこで謙遜するのはお前さんらしいぜ。だが――戦いの潮目は間違いなく変わったぜ。見ろよ」
彼は背後の山岳地帯の方を指差した。
「あっちの討伐部隊の連中の方も動きが止まったぜ」
「でしょうね」
当然だ。統治信託委任の強制執行の前提となる出来事がこれでことごとくすべて潰れた事になるのだ。しかも職業傭兵たちと正規軍人との混成部隊――方針決定の内容で揉めに揉めているはずなのだから。
私も笑みが漏れるのを抑えられない。してやったりと言った表情で言う。
「彼らにとって最大の前提条件は『パックさんが敵と内通している疑いがある』と言う物のはず。ですから、きっと今頃は――」
そう告げようとした時に通信師の少女が言葉を遮った。
「物見台より打伝! 東の方角より何かが飛んでくるそうです!」
それは私が待ち望んでいた言葉だった。
「来た!」
私の叫びに皆が一斉に東の空を見る。朝焼けに染まる東の空を小さな影が見えてくる。
「間に合った!」
それも最高のタイミングで。そう――〝彼〟はやってくれたのだ。
「何があるんだ?」
そう問いかけてくるドルスに私は言う。
「私が講じていた〝特別な策〟ですよ! みんな! ここに飛び降りてくるから気をつけて!」
そう指示しながら飛んでくるものを視線で追い続ける。するとそれは見る見る間に大きくなる。
メルゼム村長も叫んだ。
「来るぞ! 道を開けろ!」
それが地上へと着地するだろうと読んでの言葉だ。東の空から飛んできたシルエットが高度を下げてくる。そして、速やかに地上へと舞い降りてくる。勢いを殺しきれていないのか、地面に大きな引きずりを残してそれは着地した。
――ザッ! ズザザザッザザッ!――
土埃を巻き上げながら見事に着地を成功させる。そして開口一番に彼は言う。
「間に合ったぁ! ふぅ――夜間飛行は気い使うぜ」
声を発した後皆を眺めてから彼は私を探している。そう――プロアが帰ってきたのだ。
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