第4話:変わる潮目

象と少年たち

 一頭の象が歩いてくる。

 西方平原の戦場の真っ只中から、ゆうゆうと。

 その象の背に乗っているのは、象使いの少年たちと、パック3級傭兵――

 それは私ですら予想できなかった光景。彼は戦象を倒したのみならず、こちらへの戦力として鹵獲ろかくしたことになるのだ。

 巨躯の生物がノシノシと歩いてくるさまは圧巻だった。その光景に市民義勇兵の人々もすっかり驚いている。

 だが――

 

「ルスト隊長!」


――そう唱えるパックさんの姿が何よりも誇らしげに私の目には写っていた。

 その象の背の上からパックさんが声をかけてくる。

 

「指揮官殿、いかがでしょうか?」


 そう問われてこれだけの成果を上げて非難する理由はない。


「ご苦労、パック3級傭兵、見事です!」


 満額の好評価と言える答えに彼も安堵している。

 

「全力を尽くさせていただきました」

「ありがとうございます。これで次の行動へと移ることができます」


 周囲を見回せば、市民義勇兵の人々も最大の威圧的存在が排除されたことで不安な空気から解放されている。

 当然だった。どんな反撃行動をするのにも、戦象をいかにするかが最大の条件だったからだ。

 すると、パックさんの口から新たな情報をもたらされる。


「なお、戦象の使い手であるこれらの少年たちが無理やりに戦列に参加させられていた事がわかりました」

「無理やりに? 強制徴用ですか?」


 予想外の情報に、私のみならず、周囲の誰もが驚きと義憤を抱いている。だが実態はさらに悪質だった。


「いえ、それより酷い。芸をさせる仕事があると騙して母国より派遣させ、拒否すると殺すと恫喝して戦線の矢面に立たせていました」

「恫喝――」


 その言葉に私は思わず絶句し、その隣でドルスさんがぼやいた。


「自国で育成すらしていないってことか」

「そのようです――」


 ドルスさんの言葉にパックさんが頷いている。そして私へと問うてくる。


「――時にルスト隊長」


 それ以上は言わずともわかる。


「この子達の処遇ですね?」

「はい」

「通用語は?」

「南洋語です」


 南洋語――

 私達のオーソグラッド大陸の南部沿岸さらにはその南方にあると言われる南方大陸/南洋諸島にて広く使われている公用語で、船乗りたちの共通語として知られていることから『船乗り語』とも言われている言語だ。私とパックさんの会話を聞いてドルスさんが言う。

 

「南洋語は俺も使える。そのガキたちは任せてもらっていいか?」


 自ら申し出てきた彼に私は問うた。

 

「よろしいんですか?」

「あぁ、任せろ。前にも戦場で強制徴用された異国のガキたちを何度も見てきてるからな。そのたびに説得して保護して手続き整えて本国に送り返すんだ。何度もやったことだ」


 昔小耳に挟んだのだが、トルネデアスは南洋方面の諸国に対しても威圧的な交易関係を強要しているとの噂がある。そのためか南洋諸国から徴用された外国兵がしばしば交じるのだ。

 自らの意思で戦いに来たわけではないので、彼らは戦意が無い場合には可能な限り保護して、送り返すのが通例になっている。ドルスさんがやっていたのはそう言う保護捕虜兵の帰国支援についてだ。経験があるなら任せられる。


「ではお願いします」


 そして象の背の上の象使いの少年たちに私は言う。私も南洋語は基本会話はマスターしている。

 

『大変な目にあったわね。でももう大丈夫よ。故郷に帰れるようにしてあげるから』

『本当?』

『えぇ、本当よ。でも今やらないといけないことがあるから、その間はこの人の言うことを聞いてほしいの。わかる?』


 私の問いかけに聞き入りつつも、パックさんに促されて少年たちは象の背中から降りてきた。彼らにしてみればトルネデアス人以外の民族は初めてだっただろう。怯えと戸惑いが隠しきれていないのがわかる。

 だが、その空気を変えたのは誰であろう、ボヤキのあの人に他ならない。

 少年たちに歩み寄ると片膝を突いて目線を下ろす。そして、南洋語で優しく問いかけた。 


『必ず家族のところに帰してやる。この戦いが終わるまで俺と一緒にいるんだ。だから、それまで言うことを聞いて待て。できるな?』


 軍人とも傭兵とも違う自然体な雰囲気のドルスの空気に子どもたちも警戒と不安を解いたのだろう。互いに顔を見合わせていたがすぐに向き直り明快な声で答えた。

 

『はい!』

『よし、じゃぁおじさんと一緒に来るんだ』


 物事は表裏一体だと言う。良い面があれば悪い面がある。逆もまた真なりだ。

 不真面目でいい加減というドルスの印象は、別な味方をすれば、あまり怖くないと言うことであり、子どもたちからすれば警戒を一番に解きやすい相手なのかも知れない。

 こうして、6人居た象使いの少年のうち5人がドルスのもとへと向かったのだった。

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