特別幕:真実の絶掌

特別幕:真実の絶掌

 ルストたちが戦象たちの姿に気づいて騒然となっているその頃――

 草木一つない西方平原の真っ只中――一人の男があぐらで座して敵の来襲を待ち構えていた。

 

 極秘査察任務部隊の一人――ルストたちと行動をともにしていたランパック3級傭兵だ。

 

 荒れた大地の上で防寒マントを羽織り、正々堂々と待ち構えている。泰然自若たいぜんじじゃくとするままだ。

 時は朝――

 背後の山地の山あいから上ってきた朝日の光が投げかけられている。

 そして、西方平原のはるかから見えてきたトルネデアスの戦列を照らし出していた。

 それをパックはじっと見つめていた。

 

「時は来たれり」

 

 その言葉を漏らしつつ、その視界に2頭の戦象を捕らえている。それを目の当たりにして立ち上がる。だが――

 

「む――?」


 目の前で起こった異変に焦ることなくじっと見守れば、戦象の戦列は左右に展開して一列横隊に広がっていく。

 その総数6頭――

 誰もが『想定外』と言う言葉を使おうとするだろう。だがこの男は違った。

  

「相手にとって不足なし」


 笑みを浮かべて右拳を握り、それに左手を添える武術家としての礼儀である抱拳礼ボウチェンリィを示す。深く息を吸い下腹に力を溜め込むと気合を入れる。

 

ッ――!」

 

 そののちに、防寒のマントコートを剥ぎ取るように右手で一気に脱ぎ去ると放り投げた。それは戦いの始まりを告げる旗印であるかのようだ。

 パックが気合一閃叫んだ。


絶掌ぜっしょうのパック――参る!」


――ザッ!――


 そして、勢いよく右足を踏み出すと一気呵成に駆け出す。

 彼のその姿に、戦象をあやつる調教師と護衛役のトルネデアス兵も気づいていた。

 

『――――!!』


 トルネデアスの兵が帝国の公用語の一つである南洋語でなにやら叫んでいる。それに従い象をあやつる調教師の姿を確かめれば――

 

男垓ナンハイ?」


――パックは訝しげにつぶやく。


 男垓ナンハイとはフィッサールの言葉で少年を表す。彼らをちらと一瞥すると彼らの置かれた状況を察する。

 まずは正面に見える2頭のうち、向かって右側の象を選択する。

 無言のまま正面から駆け込み、前転で転がるように戦象の下に潜り込む。

 そして、真下から心臓の位置を狙って掌底の突き上げを繰り出す。


――ドォォォンン!――


 衝撃がとどろき即座に象の側面へと抜け出る。次の瞬間、1頭目の象が白目を剥きゆっくりと崩れて倒れてた。


――ズズゥン――


 重い地響きとともにパックの声がこだまする。

   

イー!」


 まずは一頭目――

 次に、抜け出た先に二頭目の片前足がある。

 地面に両手を突いてそれを軸として全身を使った足払いを放つ。それは見事に戦象の足を蹴り飛ばし姿勢を崩させる。

 さらに姿勢が傾いた二頭目の牙を足がかりに、その頭部へと一気に駆け上がると正拳で象の眉間に一撃が放たれた。

 

――ズゴォン!――


 その衝撃とともに二頭目が糸が切れたように崩れ落ちた。

 

アール!」

 

 そう叫ぶパックを、三頭目と四頭目が左右から襲いかかってきた。

 一頭が薙ぎ払うように鼻を振り回して叩きつけてくる。一瞬、その鼻に吹き飛ばされたかのように見える。

 だが――パックは象の鼻の動きに合わせて同じ方向へと飛んだだけであり、ダメージは皆無。

 その長い鼻の勢いを加え、三頭目の頭側部へと飛翔するように接近――つま先の一つをムチのようにしならせ、象の頭部を側面から鋭く蹴り込んだ。

 

――ダァァン!――


 それは脳震盪を誘発させ、体の自由を奪う。白目をむいて三頭目が崩れ落ちた。

 

サン!」 

 

 さらに、蹴り技の反動で四頭目へ飛びかかると、その頭側部へ足底からの両足蹴りを打ち込んだ。

 

――ドオオオン!――


 四頭目も脳震盪を起こして崩れ落ちる。

 

スー!」


 残りは二頭――

 興奮して突進してくる五頭目を選び、パックはそちらにむけて駆け出した。

 叩きつけてこようとする長い鼻を掻い潜り、牙と鼻を足がかりに瞬時に登り上がった。そして五頭目の頭部正面に現れると左右の掌底の二連撃を食らわせる。

 象の動きが一瞬止まり、さらに停止した巨体の頭部側面を回し蹴りで蹴り込み、これを倒した。

 

ウー!」


 五頭目を倒し終え残るは一頭――

 だが六頭目は戦意をなくしているのか動こうともしない。それを視認したパックは速やかに駆け寄り、武術の特殊技能の一つである軽身功チン シェン ゴンで飛び上がり背の上の荷台席へと飛び乗る。

 そして、仕上げとばかりに、その荷台席に居座る2名のトルネデアス兵を蹴り技とシュアイと称する投げ技で戦象の上からまたたく間に排除した。

 

リュー!」


 それらすべての戦闘が終わるのに――まさに一瞬の出来事。

 パックは残された調教師の少年を静かに見据える。さらに敵意がないと示すため、横に水平に掲げた右手の上に左手を胸の前で重ねる拱手ゴンシュと呼ばれる挨拶し、さらには少年が話すであろうトルネデアスの公用語の一つである南洋語で問いかけた。

 驚き、怯えているはずの少年の警戒を解きほぐそうと、語りかける口調は穏やかだった。


『私の言葉がわかりますか?』


 パックの放った南洋語に褐色肌の少年は驚いていた。はじめは警戒をしていたがすぐに状況を察して、恐る恐る返事を返す。

 

『おじさん、僕たちの言葉話せるの?』

『はい、船に乗って旅をしたことがあります。南洋の言葉も使えますよ』


――パックのその柔らかい語り口から決して恐ろしい人ではないと判断しただろう。象使いの少年は堰を切ったように話し始めた。


『ぼ、僕たち――南方大陸の方から連れてこられたんだ! 象で芸をさせる仕事があるって! でもでも――』


 焦りをあらわにしたその口調に、パックは彼らの抱えた事情を即座に察した。

 

『それは嘘だったと。そして無理やり戦いに参加させられてたのですね?』

『うん! 逆らうと殺すって言われて――、それに象たちも人を襲う事なんてできないのに――』

『やはりそうでしたか――象という生き物はその巨躯に反して臆病だと聞きます――』


 パックは象たちの身の上に起きたことも察した。

 

『――さしずめ興奮剤や麻薬のようなものを飲まされたのでしょう』


 象使いの少年はその言葉に頷いた。

 

『うん、他の5頭の象たちは飲まされたけど、僕は飲ませたふりをしてこっそり捨てたんだ』

『なるほど――だから〝この子〟だけは私を襲ってこなかったのですね?』

『うん』


 不安げなままに頷く象使いの少年――その表情から察する彼の胸中は、これからどうなるかを大きく恐れているに違いないだろう。その不安を払拭し保護してやるのもまた、武に生きるものの勤めというものだ。

――パックはそう信じていた。


 あらためて周囲を見回しながら彼は告げる。


『そう言うことでしたか。仔細は承知いたしました』


 象の背の荷台から立ち上がり敵兵の方へと鋭い視線を向ける。

 

『えっ?』


 驚く少年をよそにして、パックの視線は、象を無理やり立たせようと少年たちを脅しているトルネデアス兵へと注がれていた。静かな佇まいの中に、燃えたぎるような怒りがにじみ出ていた。

 背中越しにつとめて落ち着き払った声でパックは象使いの少年へと告げる。

 

『我々の指揮官なら、あなたたちを故郷へと送り届けてくれるでしょう。この獣たちの処遇も考えてくれるはずでです』


 そしてパックは、ツッと視線を背後の少年へと投げかけた。

 

男垓ナンハイ――私に付いてきますか?』


 男垓ナンハイとはパックの母国語で〝少年〟を指し示す言葉だ。パックの視界の片隅で少年は頷いていた。

 そのすがるような視線にほほえみで返してパックは言う。


『そこで待ってなさい。他の象使いの少年たちも救って差し上げましょう』

『分かった!』


 その力強い聞き分けのいい声にパックはうなずき返す。返す刀で視線を再びトルネデアス兵へと向けると、その両の拳を音をたてて握りしめた。

 

――ゴキリ――


 その音とともに轟いたのはパックの放った裂帛の気合だった。

 

「――哈亜亜亜亜亜亜ハァァァァァァッ!」


 象の背から飛び降り勢いよく走り出す。

 先に打倒したトルネデアス兵が使っていた槍を見つけて足の爪先で蹴り上げて拾う。

 それを右手で掴んで振り回しながら敵兵へと襲いかかった。


――象使いの少年たちを救うべく――


 一気に高く跳躍し、右足をかがめて後ろ側に、左足を前へと投げ出し、槍を両手で構えながら地面へと降り立つ。

 その姿勢のまま頭上で槍を3回転させ、右手を後ろに左手を前にして槍を構えるとその刃先を敵へと突きつけながらパックは高らかに叫んだ。

 

人倫じんりんにもとる悪鬼の徒! 槍刃チァン レンの露に消えるが良い!」

 

 威嚇は呼び水。1体多数の状況でトルネデアス兵もパックを打倒できると思ったのだろう。奇声をあげながら槍を構えて十名ほどが突進してきた。

 

「ハッ!!」


 気合一閃、猛虎の如くパックは駆け出した。 

 その動き、鬼神の如き――――

 西方平原の片隅に血しぶきとパックの槍技そうぎが炸裂したのだった。

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