特別幕・前段:西方平原・日の出前、ワルアイユ義勇兵の野営陣にて

特別幕・前段:西方平原・日の出前、ワルアイユ義勇兵の野営陣にて

 その明くる朝の事だった。

 私――エルスト・ターナーは誰よりも早く起床すると状況を把握した。

 歩哨役の市民義勇兵の人に声をかけると敵襲はなかった事を告げられた。

 そして、主だった人々に声をかけ起こしていくと全部隊を目覚めさせていく。敵が動くよりも早く、私たちが動かねばならないのだから――

 

 まだ日の出前、西方平原の片隅のワルアイユの市民義勇兵たちの野営陣に私たちは居た。

 目覚めると同時に野営の後片付けをする。火を消し、食料などの食べ残しを処理する。そして、無用な痕跡を可能な限り消すと西方平原へと動き出す。向かう先は戦場となる平原地帯の入り口だった。


 そこは背後には山地があり、そこからフェンデリオルからの強制執行部隊が降りてくればすぐに見える。また、前方には西方平原とさらにその先の岩砂漠も見える。

 日の出前にも拘わらず、ワルアイユの市民義勇兵部隊はすでに臨戦態勢を整え終えていた。

 

 昨夜、指示しておいたとおりに全体が5つの部隊へと分かれている。

 左翼・右翼前衛、左翼・右翼後衛、そして中翼――

 

 とは言え、市民義勇兵の方々は弓兵が大半で前衛を務められる人は限られている。その意味ではこの部隊分けが建前だけのものでしか無いのは誰の目にも明らかだった。

 だが彼らは私を信じていた。この最悪の状況に抗う術を私が持っていると信じてくれているからこそ、この不利な戦いについてきてくれているのだ。

 

――その思いを無駄にしてはならない――


 それが指揮官たる者が背負う責任なのだから。

 各部隊の責任者から確認報告が返ってくる。それをまとめて報告してくれるのはダルムさんだ。

 

「指揮官へ報告、部隊配置完了したそうだ」

「通信師技能者の配置は?」

「それも完了。右翼/左翼各前衛後衛、および、中央部隊、連絡いつでも行ける、なおラメノもドルスの遊撃部隊に配置ずみ」

「ご苦労、指示あるまで待機と伝えてください」

「了解、伝達する」


 冷静な口調でダルムさんが答え去っていく。

 晩夏とは言え砂漠が近いため、この一帯の日の出前は底冷えをする。

 そして、日の出を前にして、私の傍らに佇んでいる15歳の3級通信師の少女が告げた。


「指揮官! 入感あり!」

「伝えなさい」

「はい! 物見台より打伝です。メルト村側を強制執行部隊が通過しているそうです。もうすぐ峠を越えてこちら側でも視認できるとの事です」

「わかりました――」


 陣営の最後方では望遠鏡を持った若い青年が目視確認している。私は彼へと問いかける。

 

「後方、何か見えますか?」

「山地に人影多数あり! 強制執行部隊と思われます。その数、数百人規模」

「了解、そのまま視認を続行、何か動きあれば報告」

「了解です」


 私が後方監視の彼と対話を終えたときだ。

 その傍らで先程の通信師の少女が焦るように会話している。

 

「え? は、はい! わかりました」


 その焦り方からいよいよ来るべきものが来たのだと思い知らされる。焦りを抑えながら問いかける。


「どうしました?」

「物見台より再度打伝です! 西方平原の西方はるかより兵影確認! 移動用の2列縦陣にて隊列を組み、なおもこちらへと進軍中、陣形を変えつつあるということです!」


 その情報が何を意味しているのか、部隊の誰もが即座に理解する。

 カークさんが叫ぶ。


「トルネデアス!」


 ゴアズさんがつぶやく。


「とうとう来ましたか」


 さらに通信師の少女が告げる。


「再度報告! 敵隊列最先鋒に――大型の獣の姿を確認! その数2体――二階家の小屋ほどの大きさだそうです」

「報告ご苦労――」


 いよいよ来た――

 私は恐れを抑えながらはるか前方を視認した。そして、そこには――

 

――二体の戦象の影――

 

 巨大なシルエットが見えていた。

 

「トルネデアスの主戦力!」


 私が叫べば、傍らで簡易望遠鏡で眺めていたメルゼム村長が愕然としていた。


「あれが――」


 絶句していてそれ以上の言葉は出ない。さらにはドルスさんが叫ぶ。


「おいおい! ありゃ何だ? 熊よりデケェぞ!」


 驚愕するのは無理もない。 

 それはフェンデリオルでは見たこともない巨大な生物――

 四足歩行最大の獣――

 

――〝象〟――


――それが2体、並んで進軍の先頭を歩いている。

 まだはるか遠くだが、その威圧感は距離を隔てていても伝わってくる。

 その異様な気迫に義勇兵部隊が騒然となっているのが肌でわかる。

 

「静かに!」


 強い声をあげて沈静化を図る。


「まだ敗北が確定したわけではありません! すでに策は講じています!」 


 ちょうど、朝日が部隊の背後の山あいから昇り始め、その光が戦象を浮かび上がらせている。

 だがメルゼム村長がつぶやく。

 

「おかしい、数が増える?」

「え?」


 村長から渡された望遠鏡を手にして遠方を見つめればそこには――


「せ、戦象が――6頭?」


――数が2から6へと増えていく。

 2体と見えたのは正面から見えていたからで、2列縦隊で3連――すなわち総数6体居たことになる。

 これは完全に想定外だった。

 私は生まれてはじめて〝内臓が冷える〟と言う感覚を味わった。


――甘かった――


 私は、象という巨大生物を砂漠越えさせると言う困難さから頭数の問題を度外視していた。

 動物を戦列で使役する場合、人間よりも食料や水の確保には困難を伴う。

 移動用の馬でさえ、餌となる飼葉かいばを確保しないことには連れ歩くことはできないのだ。あまつさえ、それが巨躯の獣である象ならば餌の量は尋常では無いはずだ。

 だからこそ――


――せいぜい、一頭か二頭――


――そう思い込んでいたのだ。


――しくじった――


 私はトルネデアス側の領土侵略へかける執念を読み誤っていた事になる。

 流石に〝彼〟がどんなに白兵格闘の達人だったとしても物には限度というものがある。

 私は、思わず焦りながら声を漏らした。

 

「パックさん――」


 その身を案じずには居られない。

 私の心の中に――

 

――絶望――


――その2文字がよぎり始めていたのだ。

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