50年前の疑念
「うむ、そのとおりだ」
エルセイ少佐の言葉が正解である事を大佐は告げた。
「フェンデリオルはもともと兵数が少なく寡兵だ。だからこそ国民全体に国土防衛の責務が課されている」
「国民皆兵士制ですね」
「そうだ――。だが市民兵が即、戦線にたてるわけではない。また、戦闘力の総数を補うために集められた傭兵たちも、契約と義侠心によって戦場に立っているだけに過ぎない。だからこそだ」
革コップを握りしめるワイゼム大佐を横目で見ながら、大佐の言葉にエルセイ少佐が続ける。
「すなわち大佐――、我々正規軍人が、政治的にも、人道的にも、〝正しい道〟を示して導かねばならない。そして本作戦においてはそれこそが我々の役目です」
「そうだ、そのとおりだ少佐――」
導き出された答えに二人は頷きあい、さらに少佐が言う。
「明日はワルアイユ領の市民義勇兵と接触することになるでしょう。彼らは想像以上に統率の取れた優れた機動力を発揮しています」
「訓練の賜物だな。国境に接しているために自己防衛が欠かせないのだ。ワルアイユは」
「そのような状況で謀反の疑いがありえるでしょうか?」
唐突な疑問が少佐の口から漏れて出る。それを複雑な表情でワイゼムが答えを出した。
「それがあり得るのだ。50年前に一度だけ、国境線沿いの小領地が領地ごと周囲との軋轢が原因で困窮し国土からの転出を画策した事例があるのだ」
重い言葉が語られる。そして、周囲を警戒するように意味深に言葉を続ける。
「今では秘匿事項として公にはされていないがな」
「それは本当ですか?」
驚き思わずエルセイも絶句せざるを得ない。そのエルセイにワイゼムは告げた。
「うむ――、『リーザル領転出亡命事件』と言ってな――」
その事件の名前が強く耳に残る。
「――最終的には密約のかわされていたトルネデアスと戦闘になりリーザル領は戦火にさらされた。領地は荒廃し多くの命が失われ、住むところを失った難民が発生した。中央政府や、軍上層部の長老格にはその事を今なお覚えていて、同じ事件の再燃を恐れている方がおられる。だからこそ――『事前にワルアイユを制圧して事実を吟味し、潔白が証明されてから解放する』――そう言うありえない案がまかり通ったのだ」
淡々とワイゼムは語り続ける。そしてその口からはさらなる問題が告げられる。
「だが、その事態を悪用して不正を通そうとする輩が居るとすればどうだろう?」
その問題に対する結果をエルセイが答えた。
「一時制圧はそのまま長期制圧となり、領地の返還と解放はなされない――」
「その疑いがある。ソルシオン将軍はそれを恐れているのだ」
ワイゼムの声にじっと耳を傾けて冷静な面持ちでエルセイは聞き入る。
「わかりました。明日の判断材料とさせていただきます」
「頼むぞ。私も最悪の事態を回避すべく尽力しよう」
「はっ」
二人はしっかりと頷き合った。そして、エルセイは立ち上がりながら告げる。
「兵たちを見てきます。明日は日の出前に動くことになりますでしょう」
「頼むぞ」
軽い敬礼をしてエルセイは去っていく。
野営陣の夜は更けていく――
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