幕間:追討軍野営陣

傭兵たちと東からの酒瓶

 私達が西方平原の手前で野営をしている頃、メルト村を過ぎて山岳地帯の入口となる麓のエリアでは、信託統治委任の強制執行部隊が野営の準備をしていた。そしてそこでは、それぞれの立場によって全く異なる意図がめぐらされていたのだ。


 黒幕の息のかかった信託統治委任の執行役の人々、

 フェンデリオルの正規軍人の部隊、

 様々な方面から集められた職業傭兵たち、

 

 まさに三者三様――

 夜空の星のごとくに一つとして同じものはなかったのだ。




■時同じくして西方平原手前の山岳地帯中腹、追討部隊の野営陣にて



 メルト村を通り過ぎ、山岳地帯へと差し掛かる中腹――

 その途中の木々がまばらに生い茂る辺りに彼らは野営していた。

 それはガロウズ・ガルゲン少佐率いるワルアイユ領・信託統治委任・強制執行部隊の一団だった。


 人数規模は500人程度。

 西方司令部付属の正規軍人が140人規模、

 ブレンデット以外の傭兵の街から召喚した職業傭兵が340人、

 残り20人が部隊の指揮官であるガロウズとその付属の将兵たちだ。

 その大集団の中核となっているのはガロウズ率いる集団だ。


 フェンデリオル国の軍勢は一枚板ではない。正規軍人の他に市民義勇兵がいて、さらに職業傭兵がいる。


――三極軍兵制度――


 フェンデリオル独自のその制度ゆえに、それぞれが微妙に支え合いながら成立している軍勢と言えた。


 その3つの勢力の一つ、職業傭兵――この強制執行部隊にも当然に集められていた。

 340人の荒くれ者たちは西方平原手前の場所で不満を燻ぶらせていたのだ――



 †     †     †



 職業傭兵はその所属している〝傭兵の街〟の傭兵ギルドごとに管理が分けられている。

 今回の主力となっている職業傭兵はブレンデットの北方に位置する傭兵の街であるヘイゼルトラムからの勢力だ。その他にも複数の傭兵の街からも集められているがこれは異例なことだった。

 

 その野営陣の片隅、数人の職業傭兵の男たちがあつまり何かを語り合おうとしていた――

 

 木々の間の野営陣の中、数人のフェンデリオルの傭兵たちが歩いていた。だが、その中の一人は服装が違う。前合わせの衣で東方風――〝袴〟とよばれる履き物を身に着けている。身につけている武具も牙剣ではなく、細い拵えの片刃の長剣で〝倭刀〟または〝サムライ刀〟と呼ばれているものだ。 

 そして、その東方人を中心として、とある人々を探しているようだ。

 

「アレじゃないか?」

「そのようだな」


 彼らの視線の先には火を囲んでいる野営陣の一つがあった。4人ほどのフェンデリオル人の若い傭兵たちがいる。だが、みかけるにどことなくその雰囲気に違いがあった。

 人種が違うわけではないが、雰囲気がどことなく違うのだ。

 

「行くか」

「うむ」


 東方人を交えた一団は言葉をかわすと歩き出す。そして、その4人ほどの集団へと歩み寄ると声をかける。

 声をかけたのは少し年かさのフェンデリオル人の傭兵だった。


「よう」

「ん? なんだ?」

「どうした?」


 声をかけられて4人のフェンデリオル人傭兵が振り向く。火を囲んで保存食の夕食をとっていたのだが、食事の手を止めて答え返した。

 

「何かようか?」

「いや、大した用事じゃないんだがちょっと聞きたいことがな――」


 穏やかに受け止めると、質問の本題を問いかける。

 

「なぁ、あんたら、どっから来た?」

「あ? ブレンデットだ」

「俺も」

「俺もだ」

「俺も」


 4人とも所属はブレンデッド――ルストたちが拠点としている傭兵の街だ。


「ちな――そっちは?」

 

 その問い返しに親しさを込めた声が返ってくる。


「休んでるところすまねえな。俺たちはヘイゼルトラムだ」


 ブレンデッドとヘイゼルトラム――明らかに異なる拠点所属だ。ブレンデッドの4人たちににわかに緊張が走る。


「お? 今回の主力じゃねえかよ」

「なんだ、縄張りのことか?」


 拠点が異なるとまれに縄張り争いになることがある。傭兵向けの仕事が少ない時期だとなおさらだ。警戒されて当然だった。

 だがヘイゼルトラムの彼らは、その言葉に苦笑いしつつ右手をひらひらさせる。明らかに否定の意思だ。

 傍らの東方風の男が東方産の陶器製の酒瓶を取り出しつつ言う。


「その様な些末なことで騒いだりはせぬ」


 それに続いてヘイゼルトラムの傭兵も言う。

 

「あぁ、そんなんじゃねえよ」

「そこまで食い詰めてねえ」


 つとめて穏やかな声を返せば、東方風の男が親しみを込めて告げる。


「少々尋ねたい事があってな。どうだ一献いっこん


 その言葉ともに差し出された酒瓶は一気に場の空気を和ませた。そして当然の声が返ってきた。


「おう、すまねえな。なんでも聞いてくれや」

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