捧げの酒盃―それぞれの思い―

 するとちょうど他の人の気配がしてくる。カークさん、ゴアズさん、バロンさんがそれぞれに戻ってきて、ラメノさんはアルセラを伴って現れる。そこからやや遅れて村長のメルゼムさん、ダルムさん、そしてゲオルグさんがが到着した。

 

「みんな揃いましたね」


 その言葉にダルム老が言う。


「パックのやつぁはどうした?」

「彼には先行して西方平原に向かってもらいました」

「偵察か?」

「そのようなものです」

「ほう」


 誰もそれ以上は追求しない。その代わり集まった皆の顔を眺めつつアルセラが声を発する。

 

「一時はどうなることかと思いましたが、皆様のおかげでここまでこれました。ありがとございます」

 

 だが私はアルセラへと切り返す。

 

「いえ――、アルセラさんが領主としてお覚悟を決められたからです。それで皆が一つにまとまることができたのです」

「あぁ、そうだな」


 ――とドルスさんも言う。そこにメルゼム村長が言った。


「村の者たちも言っていました。アルセラ様が胸をはって立っているからこそ、前を向くことができると」

「これで、バルワラの奴も草葉の陰で胸をなでおろしているだろうぜ」


 そう言葉を添えたのはダルムさんだ。

 父の事を思い出したのかアルセラはしんみりとしてしまう。だがだがすぐに気を取り直した。

 

「でも、父の弔いをするのはこのワルアイユの里を守りきってからです。そうですよね? ルスト隊長?」


 そうだ。それを分かっているならもう十分だ。

 

「えぇ、そのとおりです――」


 そして私は集まった皆に向けて声をかけた。皆の視線が集まる。

 

「明日、全てが決します。戦力、兵数、あらゆる面において不利ですが、幸いにしてここはワルアイユの里、地の利は我らにあります。そして私が講じた〝特別な策〟が間に合えば、状況の逆転は必ずできます。そのためにも皆、悔いのないようにそれぞれの持場で全力を尽くしましょう」


 その言葉に返ってくる声は――

 

「おう」――とドルスさん


「悔いのないようにな」――とカークさん


「全力を注ぐのみです」――とゴアズさん


「私は指揮官と皆さんを信じます」――とバロンさん


「なぁに絶対生き残れるさ。これだけ信じれる人間が居るんだからな」――とダルム老


「そうね」――とラメノさん


「戦いは巡り合わせと言いますから」――とメルゼム村長


 それぞれに頷き、声が返ってくる。するとカークさんが皆に革コップを手渡しながら言った。

 

「それじゃ気合い入れにアレをやろうぜ」


 そう告げればゴアズさんが酒の入った金属ボトルを取り出しながら言った。

 

「もちろんです」

 

 あぁ、そうだ。アレがあったっけ。


「〝捧げの酒盃〟ですね?」


 だがその言葉はアルセラには初耳だったらしい


「それって一体?」

「フェンデリオルの正規兵や職業傭兵たちが出陣前の前夜に万物の精霊神に酒盃を捧げ、勝利を祈願する習わしです」


 そうメルゼム村長が答えながら、受け取った革コップをアルセラにも手渡した。

 そして、ドルスさんが2つの杯を用意して地面に置く。パックさんとプロアさんの分だ。


「ここに居ない二人にも用意してやろうぜ」

「あぁ、そうだな」


 そして革コップに酒が回され全員で立ち上がる。指揮官である私の方を皆が向き言葉を待つ。

 誓いの酒盃の祝詞となる言葉だ。

 私はこの漆黒の星空の夜空へと捧げるように告げた。

 

「万物を育みし数多の精霊たちに、我らはこの酒盃を捧げ願い奉らん。我らに勝利と明日という日がもたらされん事を――」


 そして、酒盃を頭上に掲げて天を仰いだ。

 

「我らに! 4つの光を!」

「4つの光を!」


 皆の声が一面にこだまする。

 4つの光とは風・火・水・地の4大精霊のこと――

 万物に精霊の存在を認める多神教宗教であるフェンデリオルを象徴する言葉。

 そして酒盃を一気に仰ぎ、誓いの酒盃は終わる。それは連綿と行われてきた戦いへの覚悟を決めるものだ。

 だけど――

 皆のマネをしてアルセラが酒を飲み干そうとしていた。だけどまだ15、お酒は飲み慣れていないらしい。


「けっ、ケホッ!」 

「大丈夫? 無理しなくていいのよ?」


――とラメノさんが背中をさすりながら言えば、アルセラが涙目で答える。


「無理してません!」


 でも―― 

 そうだコレ、度数の低いお酒じゃなくて、野戦用の気合付けのお酒だ。酒の半分くらいは酒精アルコールだ。どう考えてもアルセラには無理だ。

 思わず皆から笑い声がもれていた。

 

 そして――

 私達に倣ったのだろう。野営陣のあちこちで誓いの酒盃の声がこだましている。


 決戦前夜――

 明日、全て運命が決まるのだ。

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