ドルス、黒茶をたてる
彼らから離れて野営陣の中を歩くと、焚き火のところへと戻ってくる。するとそこにはドルスさんが火を起こし簡素な夜食の仕度をしていた。
「よぉ」
そう問いかけてくる彼の言葉は親しげだ。まだ火の回りには誰も居ない。二人きりの空間で会話が始まった。
「他の方たちは?」
「見回り。何しろ、俺たち以外はほとんど一般市民の義勇兵だからな。戦場慣れしてねえから絶対に俺たちの思い通りには動いちゃくれねぇ。それぞれに声をかけに行ってるよ」
「ゲオルグさんは?」
「糧食の運搬、村長のメルゼムさんにくっついて村から運び出した荷物を配るの手伝ってる。もともとは荷役夫をやってたって話だ。念の為、ダルムの爺さんがついてるがまぁ大丈夫だろうさ」
「そうですか――」
安堵したように納得してドルスの隣へそっと腰を下ろす。火の傍らには野営用の直火ポットがある。中からは心地よい茶の薫りがする。
「いい匂いですね」
「野立てした黒茶だ。近くに湧き水があったんで持ってきた茶葉で沸かしたんだ。飲むか?」
「はい、いただきます」
ドルスは携行用の革コップに淹れた茶を私に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「おう」
焚き火の中には芋が数個、それを棒で転がしながらドルスさんが語り始めた。
「しかし、驚いたぜ――」
「――私のことですか?」
「あぁ」
「すいません。騙すつもりはなかったんですが」
「気にすんな、騙されたとは思っちゃいないさ。傭兵ってのは誰だって人に言えない過去を抱えてる。笑って人に言える人生だったら、何もこんな毎日を送ったりしちゃいないさ」
その語り口には優しさが逢った。おそらくはこれが彼の本当の姿なのだろう。
「はい――」
「正直言うとな今回の任務にお前が潜り込んできたときにはちょっとばかりムカついてたんだ。また来やがったってな」
「あ、あの時ですか?」
私が傭兵ギルドの詰め所に殴り込みをかけたときの事だ。
「あぁ。でも他の連中が手引して納得してんじゃ文句を言うのも野暮だ。面倒押し付けるには丁度いいくらいにしか心のどっかでは思ってなかったんだ。だが――」
芋の一つが火の中で音を立てて弾けた。
「それが間違いだって気づいたのはパックのやつに降り掛かった疑惑を、一喝でねじ伏せたときだ。こいつは本物だってな――」
彼の言葉を私はじっと聞きいる。彼は細長い棒で芋の一つを刺すとそれを私に手渡した。
「――軍隊ってのはどこまで行っても指揮官次第だ。末端の兵がどんなに不平を言おうが、やる気を出そうが、それを差配し掌握する指揮官や隊長がぼんくらだとまるで役にたたねぇ。どんなに精鋭集団だったとしても頭が馬鹿なら全滅しかねない。俺が軍に見切りをつけた最後の作戦のときもそうだった――」
ドルスさんは茶の入った革コップを手に語り続ける。
「目先の勝利に目の眩んだ侯族あがりのおっさん指揮官には、現場の疲弊ってのがまったく分かってなかった。その事を上申したが握りつぶされただけでなく、命令に背いたなんて話をでっち上げられて俺を追い出しにかかった。結果、勝ちはしたが多大な兵損耗を出してしまった。ただでさえ兵の少ないフェンデリオルでだ」
そこにドルスさんが正規軍へと抱いた苛立ちと怒りが表れていた。
「その責任を追求されるとやつはそれを俺に丸投げしてきやがった。反論しても無駄。かつての仲間もその侯族に逆らえずに沈黙しちまって、俺はそのまま軍を辞めざるをえなかった――」
その時ドルスさんが私に視線を向けてくる。
「だがお前は違う。どんな小さなことにも目を背けず、どんな理不尽にも冷静に向かい合う。ゲオルグのおっさんの件だって、普通なら憲兵に突き出すか現地処刑して終わりだ。だがお前はそれをまるく収めただけじゃなく部隊の戦力として生かしている。なかなかできることじゃねえ」
「ありがとございます」
私の言葉に笑みを浮かべつつ彼は言う。
「謙遜せず、調子にも乗らず、そう言うところがお前のいいところだよな」
「小銭にセコくてしつこいですけど」
「分かってんじゃねえか」
「ひどい!」
じゃれ合うように笑い声が上がった。そして、彼はじっと私を見つめつつ言う。
「ルスト、お前のおかげで目が覚めた。礼を言うぜ」
「ドルスさん」
彼の言葉に私もほほえみ返しながら告げる。
「私からも――これからもよろしくお願いします」
「おう」
その声には互いを信頼しようという温かい力がみなぎっているように私は感じていた。
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