侍女長との対話

 私がそう疑問を口にしたときだ。ドルスさんも戻ってきていた。

 

「隊長」

「ルドルス3級」

「報告だ。屋敷の周囲の生け垣の一つに不自然に枝が折れた箇所があった。その先の花壇や芝生にも本来であればありえない足跡があった。館の裏、この寝室に近い位置から最短を抜けて壁をよじ登ったんだろう」

「二階家ならその筋のもんならロープも使わずに壁をよじ登れるからな」


 ダルムさんの出した補足に私も頷いた。

 

「それで間違いないと思います。そして、侵入すると眠り薬で熟睡させた後に針で刺殺した――過労による心臓麻痺に偽装させるために」


 それにしても何故だろう? 何故このような凶行にはしったのだろう? アルワイユ領の統率を維持できなくするためか? だとしてもなぜわざわざ異国の暗殺手段を用いるのか? そこはかとなく脳裏に不安な思いがよぎらずにはいられなかった。


 私たちが答えを導き出したその隣では執事のオルデアさんが領主のバルワラ候の遺骸の着衣を丹念に治そうとしていた。パックさんも一緒に肩口の刺し傷に白い布を宛てていた。まるで生きているものに治療を施すように。

 パックさんがオルデアさんにいたわるように告げる。

 

「ご領主様は苦しまずに亡くなられたと思われます」


 その言葉を聞かされてそれまで堪えていたものが堰を切ったのだろう。オルデアさんは右手でその顔を覆うと嗚咽しながらこう答えたのだ。

 

「ありがとうございます――それがわかっただけでもせめてもの救いです。寝る間も惜しんでこの里を守ろうとしていたその矢先に――」


 その嘆きの声は、バルワラ候のやせ衰えた風貌と重なり、残酷かつ悪辣な現実を私たちに突きつけてくる。そしてそれは決して見過ごしてはならない物なのだと痛感せずには居られなかった。


「執事長さんをお願いします」


 領主とともに苦労を重ねただろうオルデアさんを労らずにはいられなかった。その役目をダルムさんたちに任せると、私は領主の寝所をあとにした。

 

 

 †     †     †

 

 

 二階の主廊下へと出ると先程の侍女たちを探す。するとさっきの侍女長が廊下の突き当りの一つの部屋の前で佇んでいた。私は彼女へと声をかけた。

 

「失礼いたします。アルセラ様は?」


 私の問いかけに彼女もまた疲労をにじませながらも笑顔で答えてくれた。

 

「お嬢様は自室にてお休みになられておられます。ですがまだお元気にはなられていらっしゃいません」

「そうですか――」


 私より拳一つ分くらい高い背丈の彼女に問いかけることにした。

 

「傭兵部隊を率いているエルスト・ターナーと申します」

「侍女長のザエノリア・ワーロックです。ノリアとお呼びください」

「ご丁寧にありがとうございます。ではノリアさん。少しお聞きしてよろしいでしょうか?」


 冷静な面持ちで問いかけてくる私に彼女は不審がることもなく落ち着いて答え返してくれた。

 

「どうぞ、なんなりと」


 どうしても辛い現実について問いたださねばならないが、この人ならば冷静に答えてくれそうだった。私は意を決して問いかけた。

 

「ここ最近の領地内の様子や、ご領主様の身辺についてお聞かせいただきたいのですが?」


 そう問いかけた瞬間、ノリアさんはこわばった表情を見せたが、それもすぐに和らぎ諦めを覚悟したかのように少し寂しげな表情でこう答え始めたのだ。

 

「ご存知かとは思いますが、このところ隣接領であるアルガルドからと思われる妨害や嫌がらせが連日のように続いていました。領地内での領民の生活への妨害はもとより、この領主邸宅への嫌がらせや悪質ないたずらがあったのも事実です」

「嫌がらせ――ですか?」

「はい」


 あまりに程度の低い行為に私は思わずあっけにとられてしまう。だが、思えば領主を精神的に痛めつけるのもまた冷静な判断力を奪うという意味では効果的なのも事実だ。

 

「窓を割る。落書きをする。家畜や犬猫の遺体を放り込む――ボヤ騒ぎや侵入騒ぎ――立て続けに起きる騒動に心労からやめてしまう使用人も現れる始末でした。ですが――」


 だがノリアさんは心の中に秘めていた物をしっかりと大切にするかのように言葉を一つ一つ噛み締めながら語り続けた。

 

「私を始め、たくさんの者たちが領主様から恩を受けております。なによりお父親亡き後のアルセラお嬢様の事を考えるとこの屋敷を離れるわけには行きません。まだ成人なさるには時間もかかります」

「15歳とお聞きしております」

「はい――、まだ家族に甘えたいお年頃のはずです」


 そのとおりだ。私は自分自身の15歳の頃のことを無意識に思い出していた。


「私は領主様に物心ついてすぐに雇われました。貧しい農家の末娘だったので捨てられてもおかしくありませんでした。そんな私をご領主様はお嬢様とともに姉妹のように優しくしていただきました。文字の読み書きや礼儀作法や社会常識――数多くの事を教えていただきました」

「素晴らしいご領主様だったんですね」

「はい。私にとっても父親のようなお方です。その恩返しのためにもここを離れるわけには行かないのです」

「そうでしたか――」


 それは〝絆〟だった。

 人が当然のように持ちうる信頼関係であり愛情関係だ。私があのブレンデッドの街で駆け出し傭兵として生きていけたのも多くの人々との信頼あってのことだった。

 それを思うと、この館の主だったバルワラ候がいかに素晴らしく気高い人だったかがよく分かるのだ。

 ならば――

 今ここでなさねばならないことは一つしか無い。

 そしてそれはおそらくは――

 

「ノリアさん。お願いがございます」

「はい?」


――おそらくは私にしかできないはずだ。

 

「アルセラさんと二人だけで話をさせてください」

「――!」

 

 私の言葉にノリアさんが表情を固くさせているのがわかる。

 当然だ。

 突然現れた素性もわからぬ小娘に大切な息女の事を委ねていいのか普通は迷うはずだ。実際、ノリアさんは私をじっと見つめながら迷っていた。

 ほんの少しの間、沈黙のときが流れていた。だが彼女は決断した。

 

「かしこまりました。お嬢様をよろしくお願いいたします」

「ご決断。ありがとうございます」

「では――こちらへ」


 そう答えながらノリアさんはアルセラさんの自室の扉を開けてくれる。

 

「失礼いたします」


 そう答えながら私はこれからの局面を背負うはずの彼女へと歩み寄っていったのである。

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