野営食と報告Ⅱ

 次には報告するのは私たちだ。まずは私から。

 

「まず村を調べてわかったのが〝医療の崩壊〟です」


 医療――地方領地では生命線とも言える物が崩壊していると言う事実は皆に緊迫感を与えた。一人一人が冷静な表情で視線を向けてくる。


「まず、医療薬が流通していません。医師の常駐もなく地方領地では付き物の巡回医師も回ってきていません」

 

 巡回医師――定住している医師が居ない無医村のために一定の村々を回っている移動診療医師のことだ。医療機器や薬剤を載せた馬車で巡ってくるのだ。フェンデリオルではごく当たりまえに見られる存在だ。

 パックさんがさらに言う。

 

「メルト村には子供の発熱程度でも対応できる医師がおらず、病気の子供が溢れています。特に乳幼児は適切な処置をしなければ些細な熱風邪で命を落とすことは頻繁に起きる。実際、乳飲み子がなすすべなく落命しています。巡回医師や薬の行商人が順当に回ってきていれば起きないことです」


 パックさんは張り詰めた表情でその深刻さを語る。


「全国的に薬不足だと言う案件は聞き及んでいません。流通が滞っているか、あるいは薬の行商人や医師がワルアイユを避けているようにしか思えない」

 

 それはつまり、

 

「何者かの妨害だな」


そう告げたのはドルスさんだった。


「俺も隊長やパックを遠巻きに眺めながら街の様子を観察してみた。その結果、医薬品以外にも、建築資材や日常生活物資も不足していて傷んで壊れたままになっている家屋が至るところに見られるんだ。変わったところじゃ菓子屋が店を閉めていた。なぜだかわかるか?」


 私は答える。

 

「〝砂糖〟ですね?」

「正解だ。この辺りでは砂糖を得るのに必要なサトウキビやビートが採れない。どうしても他から買うことになる。だがそれが手に入らない。商品を作れなければ店は閉めるしかない。国境近くの辺境とは言え、生活必需品としては考えられないことだ」

「それだけ村の人々への妨害が常態化していると言うことですね」

「それもかなり深刻な度合いでな」

「そう言えば」


 私はリゾノさんとの対話を思い出した。

 

「村の農夫の方の話ですが、農繁期を控えて本来なら買付人が下見に来てもおかしく無いのに、まだ今季は来ていないと言う話もあります。もしこのまま農作物が買い付けられなかったり、安く買い叩かれたりしたらこの村の経済は破綻します」


 私の言葉にバロンさんが言う。

 

「そうなれば終わりですね。村は離散する以外にない」


 最悪の状態だ。多くの破産者と流浪難民が発生する。どれだけの人々が困窮し、飢えて死ぬか想像もつかない。

 なぜそこまで圧力を加えるのか?


 だが私はふと違和感を感じた。

 視界の片隅のゲオルグ中尉、彼はなぜ何も言わないのだろう?

 軍人であるなら領民の苦境にはなにか一言あってもいいだろうに。

 

 だがそこでプロアさんが言う。


「俺の聞きかじった範囲の話なんだが」


 彼は皆に視線を投げかけながら語りかける。 

 

「ワルアイユに隣接する大領地に〝アルガルド〟ってのがあるんだが――これが地方領主の中でも頭抜けてたちが悪いんだ」

 

 そう語る彼の表情には苦々しい思いがにじみ出ている。


「隣接する領地を強引に乗っ取ったり、政略結婚を仕掛けたりとかは日常茶飯事だ。領地の切り取りで鉱山や農地を強奪半分に私有化することもやってのけてる。それでいてあの・・ミルゼルド家の血筋なのだからとにかく始末が悪い」

「ミルゼルド家――中央政府の重職に列席する上級侯族の中でも特定13家の一つでしたね」

「あぁ、上級侯族十三家だったな」


 〝上級侯族十三家〟――フェンデリオル特有の上流身分階級である〝侯族〟――その中でも特に家格の高い13の御家を示して言う言葉だ。ミルゼルド家はその一つであり持っている影響力は絶大なものだ。

 ドルスさんが言う。  


「ミルゼルド家の傍流だったな?」


 プロアさんが答える。


「直系じゃなくミルゼルド姓を名乗れないが、現宗主のいとこ筋に当たるそうだ」


 それに補足したのはゲオルグ中尉。


「4親等か5親等、微妙な立ち位置だな」


 何も語らないことを不審げに視線を投げかけている私に気づいたかのように彼の口が開いた。

 ゲオルグ中尉は言った。


「まぁ今回の件には直接関係は無い話だがな」


 まるで話し合いの流れを断ち切るかのようだ。違和感を感じたのかカークさんも強い口調でこう言い放った。

 

「で? 今回の疑惑については?」


 私は話をまとめにかかった。

 

「今回、対象となる疑惑を確定付ける証拠は何も出てきていません。しかし、疑義が無いとする直接証拠もない」


 そうだ、報告書として提出するには材料不足だ。このまま話を持ち帰ってもワルアイユが何者かに妨害を受けているとしかレポートをあげられない。それでは極秘査察任務とするにはあまりに不十分だ。

 

「さらなる調査を続行します。明日は鉱山周辺をさらにくわしく洗ってください、特に、鉱物資源搬出時の様子を」

「わかった」


とカークさん。


「もう一つは村の周辺事情を再調査します。村を出入りする人間にもなにか特徴があるかもしれません」

「そうだな」


とダルムさん。


 不満点はあるが、これで一通りの方針は決まった。


「では話し合いはこれで終わります。今夜は交代で歩哨をたてましょう」

「おう」


 異議は出なかった。見知らぬ土地なのだ。何が起こるかわからない。歩哨――見張りをたてるのは当然のことだった。

 順番は私が割り振った。


 ドルス、カーク、プロア、ダルム、私、ゴアズ、バロン、――そしてパック

 

 朝が強そうな人ほど早朝に立ってもらうことにした。ここでも異論はでない。

 ゲオルグ中尉とラメノ通信師は、事実上の〝お客さん〟だ。意思疎通が効きにくい分、変に頼らないほうがいいだろう。

 作業小屋に戻るとそれぞれに腰を落ち着ける場所を決める。

  

 さて決めるべきことは決めた。明日も早いうちに行動を開始することになる。

 まずは体を休めよう。その日の就寝がおとずれたのであった。

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