野営食と報告Ⅰ

 そして部隊の夕食は始まった。

 メルト村でリゾノさんたちからもらったパン類に、バロンさんたちが山で射った野鳥を焼く。そして山で採れたきのこのスープ。

 後はいつものように決まり文句。


「革グラスに一杯まで、飲酒を許可します」


 ダルムさんが買いに行かせていた果実酒が振る舞われる。濃厚な香りが辺りに立ち込め、喉を潤す酒が皆の心を解きほぐす。

 火を囲んだ夕食の中でゴアズさんが疑問を口にした。


「このパンはどこで?」

「それは」


 私が答えようとしたときに先に答えたのはパックさんだった。

 

「メルト村でめぐんでいただきました。村の状況を調べるときに薬の行商人を装いました。その際にお礼にと」


 あっさり言い切るその言葉に周りが一瞬ざわめいた。当然だ。極秘査察だと言うのに正面から入っていったのだから当然の反応だった。だがそれを気にするパックさんではない。

 

「潜入捜査と言う事でしたので、出立時から行商人として通じる服を選んで着ておいたんです。それと傭兵の街で薬師のマオから辺境の村で売れやすい薬を仕入れておきました。街の様相を調べるには間近で見るのが一番ですから」

「しょ、正面突破ですか?」


通信師のラメノさんが漏らした驚きの声にパックさんはあっさりと言い切った。


「はい」


 大胆というか、豪胆と言うか、それでいて冷静に物事を見越した判断をしているのだ、この人は。


「武器を持たない無手の人間がよもや傭兵だとは普通は思いません」

「そりゃそうだ」


 パックさんの言葉にドルスさんも苦笑いしている。ましてやパックさんのように物腰が穏やかだと大抵の相手は警戒心を解く。その意味では彼は自分の価値というものをわかっていた。

 カークさんが期待を込めて言う。

 

「こりゃ期待できそうだな」


 皆がほぼ食べ終えるのを待ち、簡易食器を小脇に片付け、そのまま調査結果の報告へと移る。

 私は冷静な面持ちで皆に告げた。

 

「それでは各自、報告をお願いします」


 皆に促せば、まず最初に答えたのは鉱山視察組。まずはカークさんからだ。


「鉱山周辺を遠巻きにして散策してみたがミスリル鉱山には致命的な異常は無いな。正規軍人と職業傭兵による警備部隊が順当に巡回警備している。労働者と警備以外で不審な人物がうろついている様子も今のところは見かけん」


 私は情報を整理するためにさらに尋ねる。


「トルネデアス兵は?」

「今のところ見かけないな。一般作業員になりすまして潜り込んでいるような証拠も見かけられん」


 カークさんに続いてゴアズさんが補足した。


「鉱物資源の無断持ち出しにつながる直接的な証拠は今のところ見当たりません。鉱山運営も平常のままです」


 私は疑問点を掘り下げるために更に尋ねた。

 

「会話は? 西方帝国語のような言葉の訛りは?」


 その問いにバロンさんが言う。

 

「それも無い。トルネデアスの言葉は別言語を習得していてもイントネーションに特徴が出る。まっとうなフェンデリオル語だ」

「そうですか」


 私は納得せざるを得なかった。つまり今のところは疑惑に繋がるような不正行為は見られないというところか。でもただ単にボロを出していないともとれる。調査を継続する必要はある。


「ありがとうございました。ギダルム準1級からはありますか?」


 私は労いの言葉を述べると、ダルムさんたちへと報告を促した。


「そうだな――」


 ダルムさんが鉄煙管てつぎせるを取り出し語り初めた。

 

「この土地の領主のワルアイユの邸宅だが、ワルアイユ家の家訓で質素を常としている。その家訓に違わず飾り気のない邸宅でな。贅沢めいた行為は何も見かけられんよ。到底、ミスリル鉱脈の横流しで潤っているようには見えん」


 言葉を続けつつ、煙管を私へと指し示す。喫煙の許可を求めているのだ。私は頷いて同意する。

 

「直接の自領だって、自給自足を重視しているからほとんどが耕作地になっている。成金領主みたいに手の混んだ庭園なんか無ぇんだ。ところがだ――」


 煙草の葉を詰め、焚き火で点火しながら更に続けた。


「手入れが行き届いてないのか荒れている耕作地が目立つんだ。自分が直接かかえている奉公人だけでなく、領民の労役負担も借り出しているはずだが、手数が足りてないと言うより、ワルアイユ候自身による管理が手が回ってないって感じだったな。屋敷の中をそれとなく眺めたが使用人の姿もそう多く無ぇ。日常生活にだって支障をきたしているんじゃねえのかな」


 ダルムさんは何かを思い出ししみじみとした表情を浮かべながら紫煙をくゆらせた。そして強い口調でこう言い放つ。


「少なくとも、重要物資の不正横流しで利益を得て贅沢しているような人間の邸宅ではねえな」


 ダルムさんはかつてとある地方領主のもとで執事をしていた事がある。侯族階級や地方領主の暮らしについては知り尽くしている。その彼が言うことなのだから信憑性は確かだ。


「ありがとうございます」


 私はそう言葉を述べると話し合いを続けた。

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