第2話:野営の夜と忍び寄る影

拠点地再集合

―精霊邂逅歴3260年8月4日夕刻過ぎ―

―フェンデリオル国、西方領域辺境―

―ワルアイユ領メルト村郊外―


 私たちが活動拠点と決めた林業の作業小屋に辿り着いたのは太陽が地平線の下へと沈み薄明かりが辺りを支配し始めた夕方過ぎの頃であった。

 私とパックさんはいくつか迂回の道を歩きながら夜営拠点へと戻る。途中、ドルスさんの姿を見かけ彼と合流する。拠点へとたどり着く道すがら私たち3人は雑談を始めた。


「しかし見事な医者っぷりだったな」


 素直にそう褒め言葉を口にするのはドルスさん。それに対して何のてらいもなく素直に感謝を口にするのはパックさんだ。


「ありがとうございます。昔、必要に迫られて聞きかじりで身につけたものです」

「ほう?」

「武術をしていて怪我や体の故障はつきものです。そのために医者を呼んでいたのではキリがありません」

「それで自分で身につけたってわけか」

「はい」


 その言葉に疑うべき点は何もなく彼なら本当にやってのけそうな説得力が溢れていた。

 ドルスさんはさらに言う。


「あの〝針〟を使った治療もか?」

「鍼灸術ですか? はい慣れと修練は必要ですが針を打つ場所を間違えなければ効果は確実にあらわれます」


 二人のやりとりに私も声をかける。


「鍼を打つ場所を〝経絡けいらく〟と言うんでしたっけ?」

「いえ、体の中の気脈の流れが経絡と呼ばれます。その経絡の要所要所に存在するのがツボと呼ばれる部分です。体中に数百あるそれらのツボを針や指などで刺激して体の機能を活性化させるのです」

「それであの爺さんの腰を治したり、若いやつの足を治したってわけだ」


 ドルスさんのその言葉にパックさんは顔を左右に振った。


「いえ、私の施術はきっかけにすぎません。体を治すのはいつでもその本人の生命の力です。私はある人から〝医〟とはほんの少し手助けをするだけにすぎないと教わりました」


 その言葉に私もドルスさんも思わず頷いていた。

 バックさんはやっぱり傭兵らしく見えない。達観した賢者のような風格さえ感じることがある。


 そう話しているうちに目的の場所へとたどり着く。 そこにはすでにカークさんをはじめとする『鉱山偵察組』が帰り着いて留守居役のゲオルグ中尉と共に野営の準備を始めていた。


 小屋の外で焚き火をしている。立ち上る煙が周りから見えないように生い茂る木々の枝で煙が拡散するやり方だ。野営の際は炎や煙で自らの位置がバレやすい。それに対して手を打つのも傭兵としての常識の一つだ。


「ルスト、以下2名。帰参しました」


 帰還の口上を名乗れば、ゲオルグさんが「ご苦労」と答える。

 

「まだ帰参していないのは?」

「ギダルム準1級に、ルプロア3級だな」

「領主の偵察組ですね」

「あぁ」


 私たちがそう語りあったときだった。

 

「戻ったぜ」


 聞き慣れた声がする。ダルムさんだ。

 

「ご苦労さまです」

「待たせたな。しっかり調べてきたぜ」


 私の声にダルムさんが答える。そこにゲオルグ中尉が尋ねた。


「ルプロア3級の姿が見えないようだが?」

「ん? まだ来てねえのか?」


 ダルムさんが怪訝そうに答える。


「別動したのですか?」

「あぁ、二手に分かれた。ここで日没を目安に落ち合う約束だったんだがな」


 だがプロアさんの姿はまだ見えない。

 帰参後に野営の準備を手伝い始めていたドルスさんが言う。


「サボってふけたんじゃねーの?」


 思わず『お前じゃないよ』と言いそうになるがゴアズさんやカークさんは苦笑し、ゲオルグ中尉は渋い顔だ。私も思わず言ってしまう。

 

「勘弁してください。フケられたら責任問題です!」


 その時だ。

 

「おいおい」


 一番遅れてやってきたのはもちろん。


「フけるわけねーだろ。勝手にサボらすなよ」


 声の主はプロアさん本人。駆けてきたようで少し汗をかいている。その顔は苦笑いだがどこか楽しそうだ。


「ちょっと爺さんに頼まれてな」


 そう言いながら懐から何かを取り出す。煙管用の刻みたばこが入った手のひら大の紙の包みと、酒が入った小さな陶器のボトルだった。それを受け取ったのはダルムさんだ。


「タバコと酒を買いに行ってもらったんだ。まさか村で買うわけには行かねーかな」


 ゲオルグ中尉が『勝手なことを』と言いたげにしていたがプロアさんが先回りに弁明する。


「俺、早駆けのスキルを持ってるからな。半日もあれば7シルド(約28キロ)は行って帰ってこれるぜ」


 そう言いながらプロアさんはもう一つ懐に持っていたものをゲオルグさんへと投げ渡す。

 

「そら。あんたも吸うだろ?」


 投げ渡したのは紙巻たばこ。4本ほどが小分けにされて紙袋に詰められたものだ。傭兵や兵士が行軍任務や遠征のさいに荷物にならない範囲で持ち歩くのに売られている。軍兵士なら知っていて当然の物だ。それを受け取りながらゲオルグ中尉は言った。

 

「いくらだ?」

「金はいいよ。おごりだ」

「すまんな。ありがたく戴いておこう」

「おう」


 二人がそんな風に親しげにやりとりをしている。そんな光景を眺めながら私は薪代わりに落ちている枝を拾い集めていた。 そして、あつめた薪を抱えてカークさんたちの方へと歩いていく。

 ちょうどその時、プロアさんが私の隣に並んだ。

 

「だめだった」


 通り過ぎるその瞬間、プロアさんは私に囁いた。私も横目で視線を投げて頷き返す。

 やはりそうか。

 そう言えばあの人はさっきこう言った。

 

――『いくらだ?』――


 あのさぁ、4本入りタバコは軍配給もしていて値段は決まってるんだよね。銘柄も一つしかないし。軍経験者なら知ってて当然のハズだよ。カード賭博の賭けになるほど安いしね。


「おーい、薪はまだか!」


 カークさんの声がする。

 

「はーい!」


 私は返事をして急いで駆け出す。まずは野営。そして夜食の準備。次の段取りはそれからだ。

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