老傭兵の過去
それから夜半すぎのことだった。
迎えた深夜――私はそっと耳打ちされて起こされた。
「隊長、交代だぜ」
「ん――」
目を覚ませば、すぐに歩哨の交代の事を思い出す。
静かに体を起こせば、傍らに佇んでいたのはダルムさんだ。
老齢のベテラン傭兵、シンボルの左目の
「来てくれ」
その次にその指で外を示す仕草をする。ついてこいと言うのだろう。傭兵たるものどんなに眠りが深くとも、必要とあればすぐに目を覚まさなければならない。即座に目を覚ますと寝袋代わりにしていた外套を羽織り、愛用武器を腰に下げて彼のあとをついていく。
そして、作業小屋の近くの林の中へと私たちは向かったのだった。
人目を避けて会話を始める。
「お話とは?」
そう問いかければダルムさんは深刻そうに私を見つめながら言葉を発した。
「俺が傭兵をやる前、とある領主の執事をしていたのは知っているな?」
ダルムさんの打ち明け話に私はうなずく。
「実はな、その縁から、ここの土地の領主のバルワラとは彼が幼い頃からの知り合いでな」
「えっ?」
それは予想外の事実だった。驚く私に彼は、今なお手紙でのやり取りを続けていたことを明かしてきた。おそらくは今回のことも事前に承知していたのかもしれない。
「今回もな、正面から会いに行ったんだ」
「ええっ?」
私たちの査察対象であるはずのバルワラ候――そのあまりに軽率なアプローチに私も驚かずには居られなかった。
「そんな、大丈夫なんですか?」
だがダルムさんは笑って言った。
「邸宅の裏口も知り尽くしてる、こっそりあってきたさ」
「もう――、無茶しないください!」
「大丈夫だ。バレねえよ」
私も彼の豪胆な言葉に苦笑いするしか無かったのだ。
私たちはお互いが調べ上げてきた事実を融通し合った。先程の話し合いでは出せないことを含めて。
彼は言った。
「えらいやつれてたぜ。性も根も尽き果ててるって感じだったな。このワルアイユの土地を守るために必死に八方手を尽くして万策尽きかけてる」
思い出すだけでも怒りが湧いてくるのかダルムさんの顔は険しかった。
「バルワラの人柄も性格も知っているが、不正など絶対にするはずがないんだ。領民とともに土を耕す――それが彼のモットーだ」
「では今回の不正横流しの件は?」
「十中八九、濡れ衣だ」
ダルムさんにはその濡れ衣を着せた張本人の名前も想定が付いていた。今それを口にしなかったのは私も抱いている疑惑を、ダルムさんがわかっている証拠でもあった。
逆にダルムさんが私に問うてきた。頭上から木々の間から月明かりが漏れてくる。その光を浴びながらダルムさんの言葉が聞こえてくる。
「お前、プロアのやつに何を頼んだんだ?」
プロアさんの二つ名は〝忍び笑いのプロア〟――傭兵としてはドルスさんとは違う意味で不真面目だったが、本来は斥候や諜報としては非常に優秀なのだ。私は彼にあることを依頼していたのだが、ダルムさんは私と彼とのやり取りに気付いていたのだ。
「気付いてらっしゃったんですか?」
「あぁ、なんとなしにな」
それは重要な鍵だった。できれば秘しておきたい事だった。だが適当にごまかすのはできない。諦めて私は答えを発しようとする。
「それは――」
その時だ。
――ヒュッ――
かすかに風を切る音がする。
右後方から何かが飛来する。
これを体軸を左へと僅かにずらして見切る。飛んできたのは手投げ矢だった。そしてさらに人の気配がする。
左わき上方から何かが振り下ろされる。
それは肉厚なそれでいて小ぶりな刀剣の風切り音。
――フォッ――
「くっ!」
右足を軸に体全体を回転させるように後方へと体を動かす。私の眼前を一本の刀剣が振り下ろされた。
「両刃の直剣!」
刀剣の形状、それは重要な意味を持つ。
そもそも私たちフェンデリオル人は両刃の直剣は絶対に持たない。とある歴史的経験から敵対者を象徴する物だからだ。
――両刃の直剣は敵の武器――
それが私たちの民族としての価値観だ。
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